曲について

作詞・作曲:岸田繁。くるりのシングル『男の子と女の子』(2002)、アルバム『ベスト オブ くるり / TOWER OF MUSIC LOVER』(2006)『僕の住んでいた街』(2010)に収録。

音の演出の妙

パッと聴いて目立ったキャストは基本的なバンドの音。エレキギター、エレキベース、アコースティックギター、ドラムス、ボーカルとコーラス。それにプログラミングのリズム、シンセベース。

なのですが、個性的な音がほかにもいろいろ入っています。

まずは冒頭からチョロチョロと水が流れるような音。

この水の流れを背景に、女性、もしく子供のようなあどけない声で“ハロー”という声が繰り返されます。“ハロー”は語尾が上がっています。“ハロー?”とクエスチョンマークを付したくなりますね。この“ハロー”の声に、何やら煌びやかなベルのようなチャイムのようなチラリキラリとした上行形のトーンもくっついて一緒に繰り返されます。

これ……ひょっとして、駅のホームなど何かしらの公共交通機関で聞くことのできる英語のアナウンスの冒頭のあいさつをサンプリングしたのでしょうか。

「乗り物」(交通機関)に関係する音素材はくるりととても親和性があります。『赤い電車』には京急の車両の機構に付随する作動音(ドレミファインバーター)のサンプル、『コトコトことでん』には駅のホームの環境音と思われるサンプルが登場します。

“ハロー”はとても普遍的な冒頭の言葉なので、公共交通機関に関わる案内とも限りません。声に付随するチャイムのような煌びやかな音が、人の注意を引くための喚起の効果音に思えるのです。例えばショッピングモールや何らかの娯楽・レジャー施設など、雑多な人が行き交う場における案内音声ならなんでも可能性がありそうです。

なんの原音なのかわかりませんが、1回目のサビが終わったあたりから2回目のAメロの冒頭のフレーズ(歌詞が ♪最後のお願い……のところ)と一緒にアコギのストロークが入ってくるあたりまでずっと右寄りに定位して張り付いている32ビートの無限?フィードバック音。これはアコギが入ってくるとクロスフェードするように消えていきます。強調する周波数のピークを常に移ろわせているのか、長い繰り返しの中で刻々と音色のキャラクターが変わっていきます。

またこれにクロスするように、気泡がポコポコと立ち登る・もしくは液体を何かに注ぎ込むようなトポトポいう感じの音が聞こえてきます。周期の違うリズムが重なっているようで、この音に注意して聴いていると16ビートに聴こえたり32ビートに聴こえたりします。周期の違う複数のトラックが織りなす万華鏡のようなリズムの変化。ミニマル・ミュージックの面白みにも似ています。

構成の妙

曲の構成が変わっています。1回目のAメロ、Bメロ(サビ)を経るとすぐさま2回目のAメロに入る感じにも思えるのですが、この2回目のAメロに思える部分のコードのパターンが1Aメロと変わっているのです。これを2Aメロといっていいのか、あるいは1A・1Bを経てすぐCパターンが現れるととらえるのが良いのか……。

これを仮にCパターンとすると、これを経たあとで4小節のちいさな間(ま)を挟んで(イントロの“ハロー”というサンプリングが再び現れます)、ようやく1Aメロに近いパターン、すなわち真の2Aメロ(?)が現れるのです(歌詞が♪最後のお願い 窓を開けて……となるところ)。そして2回目のサビを迎えます。

コード進行の妙

まずAメロのドアタマがいきなり分数コードです。上声でⅠを鳴らし、低音にセブンス(ⅶ♭)の配置です。緊張感ある響きで、これはⅣに進行することで解決する緊張ですが、進行した先のⅣも第1転回形なので緊張感を引き継いでいます。このまま低音はさらに半音下がり、ⅣはⅣマイナー(第1転回形)になります。この根音はさらに半音下がり、和音はⅴ上のⅠ(Ⅰの第2転回形)になります。Ⅰなのですがⅴ上にあるので安定感はフワつきます。分数コードのオンパレード。

1度目のサビを経たあとには、このAメロとは違うパターンのコード進行になります。Ⅳ→ⅳ上のⅤ→Ⅲm→Ⅵmといった具合です。歌や音楽の熱量はまるでAメロのそれなのですが、パターンを異にします。意外性ある構成・展開の妙です。ここの部分のおしりのほうで、ボーカルが“夜が明けるのを待っている 待っている”。ファルセットで高い音程を脆く・か弱く歌い上げ、リスナーをきゅんとさせます。ここの音程の高さはサビのボーカルが到達するのと同じ高さのG。“待っている”を繰り返すところがいいですね。音程を下へスライドさせて反復する感じです。

こうした構成・展開の妙を経て至る2回目のサビでは、アタマのコードをⅥmに代替させています(1回目はⅠでした)。ここの歌詞が“いつからかあなたのこと忘れてしまいそう”で、ちょっと寂しい嘆きのような思念とマイナーコードの響きの翳りが相まってせつなさを高めます。私の泣けるポイント。

サビの最後の“歩きたいのに雨が降っている”の“降っている”のところではボーカルのメロディに調性外の変位音を用いて哀愁を露わにしています。そう、ⅵ♭の音なのでブルー・ノートですね。コード的にはⅦ♭をセブンスにした土臭い強烈な響きです。

感想

バンドのベーシックを主役にして王道の路線を保ちつつ、サンプルやミックスの手腕でサウンドに幅を出してポップ度高し。ここに「ハローグッバイ」という対立を含んだ主題による光と影がさします。

バンドの音、メロディ・歌詞・コード……楽曲の基本的な要素がもれなく気持ち良くハマっているので「最高や!」と盲目的に愛聴してしまっていましたが、あらためて注意して聴くとサンプルの類やミックスの演出が非常に凝っていて至高のオリジナリティ。王道感を保っているのに飽きさせない秘訣でしょうか。これがB面だというところが、「B面レッテル」を覆しています。

「裏の裏」は結果的に「表」かもしれませんが、最初から「表」で聴かされるのとはやはり違うのです。世にも美しいB面曲。

冷静になってみると、A面が『男の子と女の子』である影響は外せません。『男の子と女の子』はアコースティックなサウンドで曲想を伝えていて、「バンドのパワー感ある歪んだ音でバーン!」という態度ではありません。言ってみれば、『男の子と女の子』もA面として「裏の裏」なのです。だから、『ハローグッバイ』のB面としての「裏の裏」と釣り合いがとれるのではないでしょうか。

「A面っぽくないA面」と「B面っぽくないB面」は対になるということ。

青沼詩郎

くるり 公式サイトへのリンク

ご笑覧ください 拙演