はじめに 未来は楽観と悲観の重ね合わせ

新しい境遇は楽しみなものです。未来を目の前にして、期待を抱きます。これから実現するかもしれない、痛快なことがある。願望の成就がある。想像を超えた事態がある……かもしれない。

これから決まる楽しみがあれば、これから決まる不安もあります。何があるかわからない。未来は楽観と悲観の重ね合わせ。

今日から共に過す 愛の旅路に 希望に満ちた夢を私はさがす” “河の流れのように さすらう二人 悲しい時も共になぐさめあうの
(平山みき『希望の旅』より、作詞:橋本淳、作曲:筒美京平)


心を決めた相手と一緒ならば、重ね合わせの未来の振幅により広く応じられそうです。一緒に歩くがゆえに、振幅が過激になることもありそうですが……。

自分の選択は、自分に返ってきます。二人の選択ならば、二人に。

曲についての概要

平山みき(平山三紀)のシングル、アルバム『希望の旅』(1972年)収録。作詞:橋本淳、作曲:筒美京平。

平山みき『希望の旅』を聴く

リスニング・メモ

調律の狂った酒場のピアノを思わせます。私自身が実際に酒場で粗末なピアノに出会った経験がそうあるわけではないのですが、そういうイメージを持てる……不思議です。本やメディアなどを通して得た知識がはたらくのでしょう。想像と実体験の境目は案外あいまいなのかもしれません。

こういうラフなピッチのピアノ。ホンキートンクとでもいうのでしょうか。ヤマハのキーボードを触っていて、搭載されたサンプル音源に「Honkey Tonk」とネーミングされたものがあり、このような音色に触れた記憶があります。

ここに筒美京平さんの、サウンドへの美観を感じます。洋楽への造詣が深い。異時代の異大陸にトリップさせてくれます。それこそ、安酒場で、人種のちがう私よりはるかに大柄なオジサンたちが強い酒をストレートで浴びるようにぐびぐびあおりくだをまき合っているようなフロアに私を連れて行ってくれるのです。

ホンキートンクなピアノが2・4拍目にアクセントのあるストローク。イントロやフィルインでは旋律的なプレイです。Bメロでは8分音符の連続したストロークで緊張と疾走を演出。


複弦のサオモノ楽器がホンキートンクっぽさを増長します。マンドリンなのか、12弦ギターなのか。同度もしくはオクターブ違いの弦が同時に鳴り、ピッチのズレが揺れとなって聴くものの心まで揺らします。

画像 イントロモチーフ 譜例

木管楽器の合いの手。間奏では短2度の装飾をまとった8分音符の連打。小気味良く哀愁をまとった躍動感。オーボエのような芯あるトーンですが、クラリネットのようなすっとぼけた温かみも感じます。どちらでしょうか。上下パートで2本聴こえます。両方か?

画像 間奏 木管モチーフ 譜例



バックグラウンドボーカルのお化粧も効いています。「ラー」「フゥー」などと色を変えます。木管楽器とユニゾンしてモチーフに奥行きを出します。

ストリングスがサスティン。アンサンブルに張り・艶を与えます。高音パートは細かいリズム形。可憐です。パート別の定位付けで左右に広がりを出します。

ベース、ドラムスは控えめな音量のミックス。花形役者を支えます。ハイハットの音のキレが優しい。Bメロを走り終えるときのドラムスのフィルインが小気味良く好きです。ベースはブンブンとAメロは4分音符で5度を中心とした跳躍。Bメロで1・3拍目表と2拍目裏をとるリズム形。

平山みきのボーカルのねっとりとした湿り・艶・ボディ。表層で変化する声の色合い。わずかなかすれた味。鼻の響き。低めの声域。個性、存在感はさながら妖魔です。

筒美京平ソングライティングの妙

筒美京平の作品群には思うところがあります。サウンドがおしゃれです。耳をひきます。「おっ」と思わせる。ツラ(顔)が良い。顔立ちがはっきりしていて、エキゾチックで印象に残ります。ファッションセンスも高い、美麗な人という感じ。

メロディは、人にたとえるなら性格でしょうか。筒美京平さんの作品の特定の曲のメロディを、私はパッと思い出せないことがあります。これは私の中では日本美人の印象です。顔が薄い。化粧映えする、均整のとれた造形。顔のパーツ個別の主張は控えめです。もちろん、それぞれの部位に華々しさもあるのですが、バランス感覚に優れ、全体がシュっとした印象なのです。「きれいだった」という抽象、気分のほんのりとした高揚が記憶にとどまります。

調和したメロディの印象、響きの均整は、多くのリスナーに好まれる秘訣かもしれません。メロディのアクが強すぎると、聴く人を厳しく選別してしまう恐れがあります。ポピュラーであること。売れる大衆作品であること。徹底した筒美京平さんの美観を私は思います。

Bメロの眺望

コード進行は、人物でたとえるならばキャリア経験。その人が経由してきたさまざまな景色。至った境地。その遍歴の豊かさ。コード進行が豊かであれば、その楽曲の人格が、それだけ豊かな経験やキャリアをもってここに顕現しているように、私には思えるのです。

平山みき『希望の旅』でいうならば、Bメロです。“今はあなたと二人なら 何もこわくはないわ”に入るところ。Fmを主和音としますが、Bメロで平行調のA♭メージャーに移ろいます。視界が開け、地平を見渡す景観をイメージさせます。歌詞の場面転換と協調したソングライティングです。

“大事な物はすべてカバンにつめた パパやママの写真も 忘れずに持った 今はあなたと二人なら 何もこわくはないわ (平山みき『希望の旅』より、作詞:橋本淳、作曲:筒美京平)

両親の記憶を胸にしまい、パートナーと新天地を望みます。歌詞の情景を、音楽が反映します。胸がスッとする清涼な響きです。Aメロまでを支配していたFmと、Bメロで香り立つA♭は平行調の関係。ずっと前からきっとこうなるような気がしていた……予感の顕現のような自然さがあります。それでいてハッとさせる色彩、光明を提示しています。

Bメロ4~5小節目“何も”……のところのB♭mのコード。これを「A♭調のⅡm」→「Fm調のⅣm」と読み替え、C7(Fm調のドミナント)を経由して、もとの主和音・Fmに戻ります。現実に帰る、気を取り戻す味わい。パートナーとならば何もこわくない……その全能感は、不安と表裏一体なのでしょう。ヒリヒリする対比が美しい。

画像 譜例 Bメロ付近のコードメロディ譜



AメロのおしりでA♭のドミナント・E♭をはさんでA♭に進行。パッと爽快な光が射します。A♭に転調した感覚ですが、A♭→Fm→B♭m→C7と進行。A♭への転調を感じさせつつも、もとのFmへグラデーション。徐々に短調の影を強めます。A♭で主観すれば「Ⅰ→Ⅵm→Ⅱm→Ⅲ7」。Fmで主観すれば「Ⅲ→Ⅰ→Ⅳm→Ⅴ7」。最初の和音こそ明らかにA♭の支配が強いですが、それ以降は徐々に重ね合わせな感じがします。

むすびに 名コンビの果房

長短の平行調が、あくまで歌詞の進行・場面転換に沿って曲想の光と影を表現している点が見事です。歌謡曲のお手本のような叙情ある歌詞を多作する橋本淳さんと筒美京平さんのソングライティングのかけあわせ:配合を堪能できる好作。2分半に満たないコンパクトさが粒の良さを際立たせます。平山みきはさながらぶどうの房か。『真夏の出来事』も大好きな曲です。

青沼詩郎

平山みき 公式サイトへのリンク

『希望の旅』『真夏の出来事』を収録した平山みき『ドーナツ盤メモリー』(2006)。収録の全曲が作詞:橋本淳、作曲:筒美京平。

『希望の旅』『真夏の出来事』を収録した『平山三紀ベスト・ヒット・アルバム』(2007)。1972年発売のベスト盤にボーナストラックを追加収録。

ご笑覧ください 拙演