映像

1984

受話器を片手に歌っています。右から彼を写したカット、左から彼を写したカットが切り替わります。少し引いたカットになる。グランドピアノの前に座っていたことがわかります。上半身を左右に、音楽に合わせて揺らして歌っています。ピアノの上にはハーモニカ、それから何かのノブがついた音響機材のようなものが見えます。暗い背景ですがよくみると、何かの機材にマイクが立てられているのが見える……と思っていたら、さらに引いたカット。コンサートの会場だったようです。彼がやがて立ち上がって歌います。揺れるお客さんの様子も。エンディングは高く天をあおいで宙に向かって歌うような彼のカットでスローモーションに、そしてポーズ(停止)。ただ、ちょっとね。君に愛してるっていうために電話したんだよ……いまさ、ちょうど会場でね。ライブしてるとこなんだけどさ。愛してるよ……なんて、ぜいたくなアイ・ジャスト・コールド・トゥ・セイ・アイ・ラブ・ユーです。粋な演出ですね。

1995

お客さんの拍手に包まれた中ではじまります。「Ah?」と数回、お客さんとのコールアンドレスポンス。やがてバンドがはじまります。キーボード、そしてグランドピアノ(装飾・カラーリングが独特!)の置いてあるフロアの横に立ち上がって歌っています。左右に揺れながら歌うのは彼の特徴なのかもしれません。マイクをハンドリングして歌っています。サングラスもいろいろ使い分けるのかもしれませんね。一瞬カメラに抜かれるドラマーのプレイ・スタイルが非常に独特です。だらっと腰掛けてスティックを長く使っている……? 軽やかにパワフルにショットしています。白い衣装のコーラス隊数人、ベーシストの衣装がなんがか牧師っぽく見える。わたしの偏見? ゴスペル・ミュージックをおもわせる衣装です。エンディングのロング・トーンではスティーヴィーの左右の揺れも激しくなり、縦にもぴょんぴょん跳躍するようにホップ、天をあおぐように歌声を響かせて熱量をクライマックスに。動画タイトルに (Live in London, 1995)とあります。

この曲について

Stevie Wonderのシングル、アルバム『The Woman in Red』(1984)に収録。作詞・作曲:Stevie Wonder。

『I Just Called to Say I Love You』を聴く

ざっくり聴く

シンセがジューーンと広がります。ブンブンとベース。ドラムスの音作りが徹底的。テシっとシェイプのキマったスネアの音。左にひゅーひゅーいう口笛のようなポルタメント音。シンセでしょうか。中央〜右寄りにはティコンティコンときれの短くこれまたよくシェイプされた音が終始アルペジオ。移勢を交えたような2拍単位のリズム形です。エレキギターのカッティングのような音が短く右側に入るところがあるような。プログラミングの音でしょうか。2拍目にきれの短い音。全体的に余韻を削いで、ほかを邪魔しないコンパクトな帯域や音の長さをもったパートが多い気がします。それらがうまく協調して機能しあっている。

じっくり聴く

ドラムス

1・3拍目オモテと2拍目ウラにキック、2・4拍目にスネア。ドッタドドッタ、ドッタドドッタ……というパターンです。左に極端にハイハットが振ってあります。きれの短い8分音符が埋めます。テンポの目安になるし刻みの細かさの目安になります。終始左側で鳴り続けるハイハット。ずっとクローズドです。

ベース

ドラムスとのコンビネーション。1拍目オモテ、2拍目ウラ、3・4拍目のオモテのストロークが基本パターンです。ブーンブ・ブンブン……といった感じ。ときおり2拍目ウラなどの弱拍を16分割にしたリズム形を交えて変化を出しています。芸が細かいですがこれでグルーヴが出ます。ドラムスのキックとスネアのアクセントの位置を回収しつつ細かいノリを出すプレイ。尋常な、「オイーディナリー」な日々を思わせる安定と恒常性を感じるドラムスとベースのリズム隊。

シンセ、プログラミングの類

かなり色んな音がいますね。

シンセ・ブラス?

シンセ・ブラスのようなトーンで和音を鳴らして伸ばす音。これが和音出しの礎でカナメです。基本は1和音に対し1ストロークで、このパートも曲の恒常の雰囲気づくりに大きく貢献する役割です。オープニングからじゅわーっと広がるようなサウンドです。オープニングでは歌メロの「ノ・ニューイヤーズデー……」の音形を思わせるストロークを見せています。歌が入ってくるとたちまちオクターブ上にも別トラックで似たようなサウンドが加わるような気が……?

左のポルタメント音

左に定位しているトーンはなんでしょう。口笛の音に似ています。おばけの出てくるシーンをひゅ〜〜〜と演出するような音にも似ています。サビでおおきめの上行跳躍してみせ、ポルタメントやストロークの質感が出ます。基本単音(単旋律)で、単純な音です。シンセで発生させられる純粋な音っぽい。波形が単純そうです。

右のアルペジオ音

16分音符でモタモタっとした独特のグルーヴを出す音形をひたすら奏でます。1・3拍目の16分ウラ、最弱の拍点に発音点があるからでしょう。ぴこぴこ、ぽこぽこ、といった形容が合うかわかりません。テクノやゲーム・ミュージックなどで好まれて使われていそうな音です。こういう音ってなんて呼ぶのでしょう。生楽器でいうと、カリンバをぴょこんと弾いた音に似ています。カドはもっと丸いです。はじける感じ。「ポップ」な音です。

サビでカウンターする音

左と右にそれぞれ振り切った同一音形のパートがいますね。サビで歌に対旋律する感じの音です。1拍目オモテをブランクに、1拍目ウラから上行していく感じの音形です。カエシの小節では下行音形になったり、16分刻みのリズムを含んだトリッキーな動きのカウンターラインに。こちらも非常にキレの短いトーンです。

エレキギター

2・4拍目に非常に短い音でアクセントするカッティングです。生演奏でなくプログラミングっぽい音。あるいは歪んだキーボードの類の音にも似ています。2拍目や4拍目に常にいるわけではなく、2拍目にストロークがある小節もあれば4拍目にストロークがある小節もある……という感じ。「恒常」を感じるアレンジになっているパートも多いですが、なんでもかんでもずっと同じパターンにしないところが巧みです。

ボーカル、ハーモニー、ボコーダー

非常にタイトなルーム・リバーブもしくはディレイの味付け。引き締まった音像を確保しつつ色気が出ていて極上です。サビで右に左に複数のハーモニー・パートがあらわれ、平歌でのボーカルの単一の線との対比を出しています。恒常を重ねていくコーラスの中でもところどころフェイクを交えて歌詞の単語を強調したり変化を感じさせたり。

最後のコーラスではボコーダーのトーンがあらわれます。入力された音声を、機械がしゃべっているみたいな音にして出力するシンセです(私はつかったことがない…)。メインボーカルに合いの手する(すきまを補完する)ようなフレージングを見せます。曲がほんとうに終わる瞬間に長く余韻しているのもボコーダーでしょう。最後の3発のストロークで何か「歌詞」めいたものをしゃべっているようにも聴こえます。なんと発声しているのかわかりません。めちゃ気になりますね。「Cha Cha Cha」とも聴こえるのですが……そんなんなのか?!

映画『ウーマン・イン・レッド』サウンドトラックバージョンだと、4分台で本編トラックがおわったあとにボコーダーがわなわなと歌いつづけます。エンドロールにつかわれたのか挿入されたのかわかりませんが、映画の進行に合わせた演出なのでしょう。シングル版では借用和音があらわれるエンディング(Ⅵ♭→Ⅶ♭→Ⅰ)できっかり終わります。

感想

とくべつなことなんて、なんにもなくて「アイ・ラブ・ユー」を言っていいのです。いえ、この曲が、特別なことなんてなんにもなしに、ただ君に愛してるっていうために電話したんだよ……という曲なんだと思います。素敵ですね。

誕生日だとか。お正月だとか。クリスマスだとか。収穫祭だとか。特別な何かがあれば、それにかこつけて「愛してる」を伝えられるのか? 否です。普段から言わない奴には、墓場まで言えません。墓に入ったって言えやしない。

皮肉のような厳しいことのようなことを言ったかもしれません。いえ、もちろん、とくべつなときにだけ、特別な言葉としてはなつ「愛してる」もあるでしょう。それを否定はしません。

曲は、終始おちついたテンポで、ベーシックリズムが恒常を表現しています。うつろう1年間の中で、いつ君に電話したって、いつ君に愛を伝えたっていいのです。この曲の主人公はそれをしている。スティーヴィー本人がどうかは知りません。

種々のサウンドたちのキレが非常にタイト。それらが緻密に組み合わさってアンサンブルしています。キレが短く、他のパートを邪魔しないから組み合わせやすいのかもしれません。各パートそれぞれを、豊潤でキレの長いトーンに変えただけでこの曲はたちまちうるさくなってしまうのでは? ちょっと電話して、ちょっと愛してるよって言う。そんな小気味よさがあります。年柄年中、真正面から近距離で響く大声で「愛してるよーーー!!」なんて言われたらたまったもんじゃありません。各サウンドたちが、そんな「域」をわきまえた「粋」なのです。

ⅠやⅡmの和音のなかで、トップノートがうろうろと半音下行したりちょっと取り戻したりします。恒常を表現した曲だと思いますが、ラストの「オーブマーイハート…」と繰り返すところで和音進行が調の外の異質な響きを帯びました。ボコーダーのところでも述べましたが、Ⅵ♭→Ⅶ♭→Ⅰです。いつまでも恒常なものはなく、何事もいつかは終わりがくる。劇的な変化が訪れる。端境がやって来る。いえ、そうした波も含めて恒常なのかもしれません。Ⅵ♭→Ⅶ♭のドラマを経て、Ⅰに帰結。さて、ここからまた恒常の日々が訪れ、やがてはひょんなことから急激にドラマが訪れ、また日々は凪ぎ……以下略。

スケールの大きさとパーソナルな愛の両方を感じる、言わずもがなの名曲を味わいました。

いつも、もしくは初めてこのブログを訪れてここまで読んでくださってありがとうございます。

思ったときに思ったことをヒョイと伝えるのも愛。秘めるのもまた愛。悩ましい。

恒常の振れ幅こそドラマなのかもしれません。

青沼詩郎

スティーヴィー・ワンダーの『I Just Called to Say I Love You』を収録した、映画『ウーマン・イン・レッド』(1984)のオリジナル・サウンドトラック。

『I Just Called to Say I Love You』を収録したスティーヴィー・ワンダーの『Definitive Collection』

ご笑覧ください 拙演