2020年3月ごろ。中止になってしまった出演の機会がいくつかあった。

それらはローカルな無料のイベントだった。地元のおまつりといった感じだ。親しみやすくフレンドリィな、それでいて知っている人が多そうな曲目がふさわしい。頭をひねって曲目を考えたところだった。

そういった条件にばっちり合致する曲を考えるのは、意外と大変でもある。そのときに予定している編成で演奏可能なように考慮して決めないといけない。編曲も自分で用意することになる。

豊富な楽曲の知識や経験があればたやすいが、不勉強な私はもともと引き出しが少ない。やった経験があっても、端から端から忘却する。まるで穴の空いた引き出しだ。おまけに「このへんにしまってあったはずだけれど詳しく思い出せない」とか、「しまった場所はだいたい思い出したけど、きれいに埃を払ってまた使えるようにするのがおっくうだ」とか言い出す。実際にそうぶつぶつつぶやきながら歩いていたら、私は結構やばい人だ。

それで(どれで?)あるとき思いついた曲が、『オー・シャンゼリゼ』だった。これは良い曲だ。

『オー・シャンゼリゼ』の原曲『Waterloo Road』

テレビコマーシャルで、奇妙礼太郎が歌っているのが流れていた。もうけっこう、ずいぶん前のことだと記憶している。あれはなんのCMだったか。そういう知識はネット上に全部置いてあるからここでは素通りする。(といいつつ検索……スズキ「ラパン ショコラ」、2013年か。

奇妙礼太郎の歌は鋭く知的、かつ奔放で野趣ある響きだ。彼の『オー・シャンゼリゼ』には聴く者を巻き込んでハッピーになれる、和やかでフレンドリーな和を感じる。あるとき短いCMで聴いただけだったけど、そんな印象を抱いたものだったなぁと思い出す。のちに聴いた彼のアルバム『More Music』も良かった。そちらも機会を改めて紹介したい。

『オー・シャンゼリゼ』は映画か何かの曲かと勝手に思っていた。概要を求めてWikipediaなど見てみる。元々はイギリスのバンド、ジェイソン・クレストの『Waterloo Road』とのことだ。

Wikipediaにはジェイソン・クレストのことを指して「サイケデリックバンド」とある。私には、なにをもって「サイケデリック」たるのかよく分からない。

サイケデリックって何か

ドラッグによる幻覚作用がもたらす感覚に通ずるものに由来するとかで、私には薬物の経験がないのでわかりかねる(あってもここで告白しないかもしれない)。「薬物による効果に端を発する作品や表現から影響を受けた、広義な範囲の作風を指すことば」ともいえるようだ。あのThe BeatlesやJimi Hendrixも「サイケ」の文脈で語られることがあるという。ハードロックやプログレのルーツのひとつとみなす向きもある。ドラッグが決まってトロトロになったりハイになったりした人が即時にそこで生み出した表現はきっと、最たるサイケだろう。でも、その体験を思い出しながら生み出すとか、さらにはそういった表現から受けたインスピレーションで生まれる二次・三次以下の世代のものも広義のサイケなのだろう。サイケに通ずる要素を誰かに感じさせうるものであれば、ある面ではサイケ。……もう、だいたいサイケなのでは?

それはさすがに広げすぎたとしても、60〜70年代に活躍したミュージシャンたちの偉業のほとんどが、「サイケ」との関わりを否定できないんじゃないかとさえ思う。

サウンド的には、録音技術の進歩だとか、機材の進歩(たとえばギターのエフェクターだとか)によって可能になったさまざまな表現が特徴のひとつのようで、これもやっぱり多様で絞れない。「おお! この、リバーブやディレイのじゃぶじゃぶなウェット感こそがサイケか?!」などと思えば、一方、ドライで耳に張り付くような「近い」音像の、背筋に直接低周波を流し込まれたようなサイケもある。

たとえば激しく潰れるように歪んだエレキギターサウンドだとか、今ではもはや大衆音楽の定番になっているサウンドのほとんどが「サイケ」の文脈から生まれている、といっても過言ではないかもしれない。それくらい、私は「サイケ」を日常的に摂取していることになる。これではもはや、ヤク中と区別がつかない(過言か)。

それが仮に違法なもので、道理を外れたものや非人道的なものだったとして、それに自分が直接関わっていなくても、二次、三次とコンプレッションを経て、副次的に自分も加担していたり関わっていたりするなんてことは世の常だ。深いね、サイケ。

ジョー・ダッサン『Les Champs-Élysées』

話を戻す。ジェイソン・クレストの曲『Waterloo Road』(1968)は、フランスに伝わって、イギリスの固有名詞たる「ウォータルー街」は、「シャンゼリゼ」に置き換えられる。歌詞をピエール・ドラノエがつけて、ジョー・ダッサンが歌った。『Les Champs-Élysées』(1969)だ。

以来、たとえば私のような「モノ知らず」には「もともとシャンソンだったっけ」なんて認知(誤認?)されて、ワールドポップスとして今なお広まり続ける有名な曲になった。

曲の構造のうんちく

曲の音楽的なことで紹介したい点。
・順次下降でつながる低音、コード進行
・3連符とタイ

順次下降する低音、コード進行

【順次下降する低音の模倣例】
|ⅰ—ⅶ|ⅵ—ⅴ|ⅳ—ⅲ|ⅱ—ⅴ|

(in C:|ド—シ|ラ—ソ|ファ—ミ|レ—ソ|)

【コード進行の模倣例】
|Ⅰ—Ⅵ調のⅤ|Ⅵ—Ⅳ調のⅤ|Ⅳ—Ⅰ|Ⅴ調のⅤ—Ⅴ|

(in C:|C—E7onB|Am—C7onG|F—ConE|D7—G|)

この、ぐるぐる巡る進行がクセになる。延々と演奏していたくなる。その調の固有音外の響き(副次調のⅤ、すなわちドッペル・ドミナント)や、低音に根音以外を配置する転回形の響きが、色彩をぐるぐるとかき混ぜる。そうか、これがサイケ?! 刻々と、音の様相が変化するのが楽しい。万華鏡のようである。

それでいて、低音は順次進行を基にしているから、安心したまま、歩みがどんどん進んで行く感じがする。

メロディの3連符とタイ

「ミソミ〜(in C)」という歌い出し。1拍目を3分割し、それが2拍目のアタマに結ばれる。この音形を繰り返す。印象的なリフレインだ。刷り込まれる。

『オー・シャンゼリゼ』歌い出しモチーフ模倣例

コーラス(サビ)は「ミ〜・レドレド〜(in C)」。順次進行を基調にした歌いやすい前半の4小節と、Aメロの音形が帰ってくる後半4小節が対比になっている。既出のモチーフを活躍させていて、3連のリズムやハネたグルーヴのハードルも下がる。歌いやすく、覚えやすく、輪に加わりやすい。みんなで歌えるポップアンセム(そんな言葉あるんだろうか)だ。

音域も、あらゆる人にやさしい。なんとin Cで「ラ〜ソ」である。1オクターブが出せなくても歌える範囲だ。他の曲も調べていくと、意外と「音域の狭い名曲」は見つかるかもしれない。童謡や唱歌には特に多そうだ。だけど、少しでも商業歌としての側面を持つ大衆歌や、童謡や唱歌であっても、なんだかんだ1オクターブ超の声域を使用するものもかなり多い。狭い声域で人気を獲得するのは、確かな技量や洗練と直感・霊感の両輪でなせる技なのかもしれない。

短7度におさまる『オー・シャンゼリゼ』の声域のイメージ

歌詞

おのおの鑑賞して味わってみてほしい。和訳のバージョンもいろいろだ。おおむね「出会い」とその「こころの動き」、その舞台である「ストリート」「街」をシンプルに描いている。このシンプルさが曲を有名にした一因かもしれない。シンプルな主題・モチーフが故に、メロディやコードの魅力を邪魔しなかったという見方も強調しておきたい。あれもこれもと欲張って主題やモチーフを盛った駄作と対極にあるのが、『オー・シャンゼリゼ』クラスの傑作の特徴なのかもしれない。

むすびに

音の経過や変化、その様子の混沌。そういうものが「サイケ」なのか。一方で、たとえば『オー・シャンゼリゼ』の低音の順次進行のように、間隔や経過に規則や安定を感じさせるもの、つまり「定則」や「定速」といった要素が、その上層に構築される「混沌」や「変容」を支えてくれる。安定と「破壊・創造」の対比が「サイケ」なのか。

親しみやすいポップスとして世界規模で有名なポジションにある曲『オー・シャンゼリゼ』。そこから、マニアやサブカル好きのもののような印象のあった「サイケデリック」の本質に触れられたような気がするのが意外にも思えた。「サイケ」も、実はありふれていて大衆的な享楽の一面なのだろう。私もきっと、サイケ(の一端)に触れて育っているし、今もなお接しているのだ。

あとがき 水風呂とサイケデリック

すごく遠くて脈絡のない話を急にするようだけれど、水風呂はお好きだろうか。銭湯などの公衆浴場によくあるだろう。ぐっとこらえてあれにしばらく浸かっていると、しばらくして酩酊するような感覚を私は覚える。ぐらんぐらんと視界がまわりだし、聴覚ほか体感覚が異常に冴え始め、楽しく気持ちよくハイになってくる。ドラッグを未経験な私だけど、健康的にこれほどの快楽が得られることに驚くほど、その快感は強い。水風呂の誘う享楽の園はまるで万華鏡だ。健康状態や体質はさまざまだからみなさんも試してみてほしいとはいわない。けど、ドラッグの快感みたいなものと、片鱗だけだとしても多少通ずることのある入り口は、案外平和で平凡な日常に開いているのを思うのだ。ぜひともいろんな音楽に「サイケ」を感じながら味わってほしい。

青沼詩郎

ジェイソン・クレスト『Waterloo Road』

ジョー・ダッサン『Les Champs-Élysées』

奇妙礼太郎トラベルスイング楽団『Live!』(2013)

奇妙礼太郎、奇妙礼太郎トラベルスイング楽団『LIVE GOLDEN TIME』(2012)

奇妙礼太郎『song book #1』(配信、2021年)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『『オー・シャンゼリゼ』カバー ギター弾き語りとハーモニカ』)