映像

『エリーゼのために』のモチーフがきこえてきます。ほとばしるピアノは清塚信也。からの、『もしもピアノが弾けたなら』オリジナルのイントロ。流麗で優雅です。ストリングスの音もどこからか入ってきます。バーカウンターを思わせるセットを傍にカウンター・スツールに着席で歌唱する西田敏行。はっきりした発声・声量・発音の安定感。さすがです。どこからか聴こえていたストリングスの演奏メンバーも一瞬映りましたね。曲調が映えるアレンジです。

音楽番組の映像。榊原郁恵と堺正章が司会。『ザ・トップテン』でしょうか。杉田かおるも西田敏行も「ちゃん」「くん」づけです。溌剌としたお兄さんにみえる西田敏行は当時34歳くらいでしょうか。オルゴールの箱の中を思わせる演出の演奏パート。白いピアノ、メルヘンなドレスのピアニストが気になります。「ウエスタン・スタイル」と堺正章に呼称された西田敏行の格好も気になります。曲と関係のある衣装なのでしょうか。ソフトな発声の歌唱ですね。まっすぐ画面(カメラ)を見てサビの結びのラインを歌い上げキマっています。歌のタッチの安定が好印象です。帽子をとって一礼。記念撮影の写真がやたらと話題の出演映像でした。

曲について

西田敏行のシングル(1981)。詞:阿久悠、作曲:坂田晃一。日テレ系ドラマ『池中玄太80キロ』パートⅡの主題歌。もともと「挿入歌」扱いで『いい夢みろよ』のB面だったそう。反響の大きさから扱いが逆転したようです。

『もしもピアノが弾けたなら』を聴く

絢爛なピアノのイントロ。ストリングスが支えます。トライアングルがチ・チーと鳴きます。

やさしく語りかけるような歌唱。Aメロ折り返しからピアノの合いの手が目立ってきます。

Bメロではストリングスが高らかに。エレクトリック・ギターの合いの手も目立ってきます。リズム・カッティング。コーラスがかったサウンド。80年代っぽいです(偏見)。1コーラス後はイントロのピアノフレーズが帰ってきます。

2コーラス目はアコギのアルペジオの支えが両側から聴こえてきました。ドラムスがリムショットで支えます。西田敏行のボーカルはうっすらダブってありますね。

2コーラス目の後はボーカルの主メロディをピアノがプレーンに奏で、フェードアウト。ああ、なるほど、なんとなくこの後くされのなさ、きりが良いのだけれど後ろ髪引かれる感じは「挿入歌」っぽい魅力な気もします。

感想

ピアノが弾けるということは、ここでは「気の利いたサービス」をいっているのかもしれません。「池中玄太」のドラマ内容を私は知りませんが、きっとピアノの演奏とは遠いキャラクターを演じていたのではないでしょうか。不器用さ平凡さを人並みに持ち合わせている人物を想像します。

「もしもピアノが弾けたなら」→「だけどぼくにはピアノがない」

この文旨の直接のはこびがなんともB面っぽい。無骨です。機転のきいたスマートさ、洗練や推敲の高み、とんちやウィットのなさにあえて目をつむり、思い浮かぶことを思い浮かんだ順番に愚直に伝える態度を曲から感じます。

それこそが実はA面として通用する、表現のパンチ力だったのです。ガツンと印象づければフックである必要はない。ストレートで良いのです。

あれこれ順序を巧妙に考えた手数を展開することで魅力を伝える態度もあると思いますが、これは西田敏行本人のキャラクターかドラマの役柄の利かわかりませんが、そもそも「ノーガードで見てもらえる天性」みたいなものがある気がします。だから、フックなんて打つ必要がない。開いている聴衆の心にまっすぐおのれの質量を打ち込めばいい。それで伝わるものがある。そこを地で行っている気がします。

阿久悠・坂田晃一コンビはこれを狙って仕掛けたのかわかりません。サビのむすび「あぁあ……」と母音のみで伝えるところに不器用さ正直さが宿るようです。

曲の存在はかつてから知っていいましたが、「聴くぞ」と思って聴くとさすが職業作曲家の妙を感じました。コードや、ちょっと大胆にぶつけて解決する箇所を含んだメロディが巧い。そして流麗なイントロのピアノはいうまでもありません。羽田健太郎の演奏だそうですね。「無骨で気の利かない人物」の表現ならばむしろあれほど流麗なピアノはありえないと思うのですが、そこは主人公の思い、その想像上の理想を表現したということなのでしょう。無粋なおいらだけど頭ん中ではこういうことができたらなって、それくらいのことは考えるんだぜ…という正直な思いが伝わってきます。平凡な丸裸のおとこをステージに上げた、想像の歌なのかもしれません。

理想はあってもなかなかそのようにはできない。

これは普遍だと思います。『もしもピアノが弾けたなら』が広く受け入れられてヒットしたのは、そこを描いたからだったのかもしれません。理想は「巧く」なきゃね。だから演奏もコード進行もメロディもめいっぱい気が利いていて良いのです。そこに純朴な言葉が乗っている。その取り合わせの妙もまた魅力なのです。

ストレートパンチも、ねじ込むような回転が加わると貫通力を増すといいます。さながら、ヒネリの入ったストレートといったところでしょうか。

青沼詩郎

Wikipedia > もしもピアノが弾けたなら

ご笑覧ください 拙演