『およげ!たいやきくん』が導いたPUFFY『MOTHER』

最近、短調がマイブームでした。短調に注目すると、コロコロで床のチリを集めるみたいに私の意識に次々と短調の曲が引っかかって来るから面白い……喩えが汚くてすみません。

行き着いたのが、この国で最も売れたシングル子門真人が歌った『およげ!たいやきくん』でした。

私は曲に出会って、いろんな角度からひととおり味わうのをやったら、その曲について、ここでブログに書きます。そのときにあてにしがちなWikipediaによれば『およげ!たいやきくん』のもたらした広まりがこのPUFFYMOTHER』(1997)にまで及んでいる……と読める記述があったのです(Wikipediaへのリンク)。

歌詞

焦点は、歌い出しの歌詞。

“毎日毎日僕らは一般の 退屈ばかりか嫌にも成っちゃうよ”(PUFFY『MOTHER』より、作詞・作曲:奥田民生)

ここで『およげ!たいやきくん』の歌い出しの歌詞を見てみましょう。

“まいにち まいにち ぼくらはてっぱんの うえでやかれて いやになっちゃうよ”(子門真人『およげ!たいやきくん』より、作詞:高田ひろお、作曲:佐瀬寿一)

似ていますね。

でもWikipediaを見る前にこの曲(『MOTHER』)を聴いたときには、まったく気付きませんでした。歌詞の乗せ方が違うし、曲調がまるで違いますね。オマージュとして好ましいセンスです。

『およげ!たいやきくん』には、毎日のルーティンにともなう退屈や冗長への悲哀を思わせる表現を感じます。

一方、奥田民生が作詞・作曲しPUFFYに提供したこの『MOTHER』についてもそれは同じことがいえると思います。平凡なくらしに起きることを淡々と見つめているような、そんな主体の視線を感じます。PUFFYのもつ、カジュアルで、どこかちょっとアンニュイ(けだるげ)なキャラクターと、『およげ!たいやきくん』と共通したテーマ(たとえていうなら、平凡な日常に投げかける淡々とした視線、など)が相まってとても魅力的です。

ところで『MOTHER』のイントロに、私は猛烈にスピッツを感じます。

奥田民生はPUFFYをプロデュースするにあたって、数人のソングライターに声をかけたようです。その中に、実際にスピッツ・草野マサムネがいたようです。そうして世に出てきた曲のひとつが『愛のしるし』。『MOTHER』のイントロがこのような表現になったことに対して、スピッツの影響が実際にどれほどあったかはわかりません。けれど、『MOTHER』の背景にそうしたミュージシャンシップがあったことをうかがい知ると、まるで無関係とも思えなくなります。良い影響をもたらしあうミュージシャンシップのなかで、傑作が日々生まれているのだと……。

私がこの曲で一番ドキっとした部分を紹介します。

“全ては忘れる事だと解った 正しい心で明日に向かった”(PUFFY『MOTHER』より、作詞・作曲:奥田民生)

達観し、物事の真理を日常的な動作の中でおもむろに突くような一行。「全ては忘れることだ」って、どういうことか? 「正しい心」ってなんだ? それが私に「解った」わけではないのですけれど、たとえば土手で親しい友人とぷかぷかたばこでも吸いながら夕日を見ているときにぽろっとこんな言葉が出てきたときには、「そうだよねぇ…」なんて平静に相づちを打ってしまうでしょう。その言葉を発したのが私と友人のどちらであったとしても。

同音連打、コード進行

歌メロの同音連打や、シンプルな固有和音の多用。平坦な日常のルーティンの表現に、音楽的な要素も相づちを打っています。

サビの途中でⅤmが出てくるところが好きです。シンプルな表現を基調にしつつ、「ここらで何か(変化が)ほしい」と私が最も無意識に欲するところにこのⅤmは放り込まれています。PUFFYは『MOTHER』をCメージャーキーでパフォーマンスしていますから、ⅤmのコードはGmですね。

骨子の丈夫なメロディ、歌詞、コード。その要所に猛烈な明暗色彩の変化力の入れ具合の緩急をもたらす名人である奥田民生を感じる部分です。

青沼詩郎

『MOTHER』を収録したPUFFYのアルバム『JET CD』(1998)。草野マサムネ作詞・作曲の『愛のしるし』も収録しています。

ご笑覧ください 拙演

青沼詩郎Facebookより

“PUFFY、プロュースした奥田民生のノンビブラートの歌に影響をあらためて受けました。同音連打の多い、ちょっと平坦でけだるげなキャラクターの曲、『MOTHER』。Ⅰ、Ⅳ、Ⅴほか固有和音を中心につかっていますが、サビの2行目の途中でⅤmが出てきます。なんてセンスがいいんだろう。平坦・平熱・平静を思わせるキャラクターの曲だけれど、結尾付近でさらりとすごいことを歌っています。”全ては忘れる事だと解った”(作詞・作曲:奥田民生)。ドキっとしました。ひょうひょうと来られて急にこの切れ味。すごい緩急です。PUFFYのゆるくてカジュアルな気風にこんな強烈な輝きが混じる。無防備に太陽の光の鏡の反射を受けたような気になりました。私は最近短調の曲にはまっていて『およげ!たいやきくん』に触れたのですが、その曲と歌い出しの歌詞が似ています。オマージュっぽいのだけれど、歌い回しがぜんぜん違うので指摘されないとまったく気づかないレベルです。それもまた凄み。”

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