「やさしさ」に対して「齢をとる」という表現を用いた

僕のやさしさもだんだん齢をとる(くるり『男の子と女の子』より。作詞・岸田繁。2002年リリース。)

「齢(とし)をとる」という表現を用いる場合、主体はヒトである場合がほとんどだと思う。

「やさしさ」が、まるで人格を持って、私やあなたと同じように、息を吸ったりお茶を飲んだり怒ったり落ち込んだり食事して「おいし」と言ったり愛したり愛されたりしているみたいだ。

そこには、幅がある。うつろいや経過がある。奥行きかもしれない。時間の層を感じる。

齢をとるのは、変化すること

齢をとる。それは、変化でもある(もちろん、実際に年齢を重ねても変化が少ない場合もあるだろう。そんなとき私は「トシとらないですね」などと相手に笑いかけるのかもしれない)。

ある時点までの観測からの「変化」。異なる時点における観測の差異があって、私は「トシとりましたね」というかもしれない。その変化や差異の質、内容によっては、思っても胸にとどめるのかもしれない。相手への配慮からだ。

「やさしさ」には普遍性がある

たとえば、混雑した駐輪場で、ちょっと自分の自転車を引いて相手を通してあげるとか、駐輪できるようにスペースをつくってあげるとかする。それって、「やさしさのひとつだよね」……そう表現したとして「まぁそうだね」とやんわり同意してくれる人は多いはずだ。

もちろん、「〇〇〇〇してあげる」ことがやさしさのカタチとは限らない。幼児が何かに挑戦しているとき、がんばって成そうとしているとき、私はあえて手を貸さない場合がある。それは、私の思う「やさしさ」の表出の一種だ。それに同意してくれる人の数は、さきほどの駐輪場でのワンシーンの場合よりもだいぶ減るかもしれない。ある状況における「快適さ(楽さ、利便性)」を一方的に提供することが必ずしも「やさしさ」ではないということ。

普遍に「変化」を包ませた

「やさしさ」は多様だ。私の陳腐なたとえ話ではその広がりを説明するのに足りなくて申し訳ない。でもやっぱり、「やさしさ」に対する共通の理解はある。たとえば、オレンジとグリーンと深い赤で彩った数字の「7」を高く掲げた看板からは、それが「コンビニエンスストアである」とわかるように…いや、だいぶ違うか。コンビニに行くと受けられるサービスはたいていこんなものだ、手に入る商品はだいたいこんな感じだ…というような一般性。そんなところだろうか。それも、常にうつろう。徐々に、あるいはときに急激に更新される。「やさしさ」についてもそうなのだ。普遍は、変化する。『男の子と女の子』の歌詞の一行は、そこまで含めて提示してみせたように感じる。

光が丘公園の思い出

『男の子と女の子』のMVを観た。撮影場所は公園だ。広い。光に満ちていて、画面がやわらかい。でもどこか殺風景でもある。私には見覚えがある。既視感は次第に強まる。そう、光が丘公園(東京都練馬区、板橋区)だ!

私の通った都立高校では、この公園の周辺を居住地域にする級友たちもいた。そこで出会った音楽仲間と、ギターを携えて私はこの公園を度々利用した。歌のうまかったT君は私の憧れだった。いい音楽をする級友や先輩のやたら多い、自由な学校だったのを思い出す。堕落も容易かった。

『男の子と女の子』サウンドリスニング・メモ

・広がりのあるアコギ。1本をステレオで拾って左右に振ったのだろうか? 低音弦が左、高音弦を右に振ったみたいに聴こえる。カポタストをつかった、テンションのあるチャキっとプリっとした心地よいサウンド。

・エレキギターとドラムス

・ドラムのゴーストノートがノリを出している。サビ前ほかにサスペンデッド・シンバル。サビもハイハットはクローズで曲に落ち着きを与えている。曲中、メインのドラムスにおいて使われているシンバル類はハイハット(オープン・クローズ)のみで、華やかすサスティンはほとんどサスペンデッド・シンバルによるもの。曲のラスト付近はサスペンデット・シンバルとして使ったであろう大きめなシンバルを連続してストロークしているだろうか、熱量を与えて盛り上げている。曲終わりのフィルインのタムのストロークはまるでブラシかロッドで叩いたみたいな繊細なアタック感。ドラムス類の抑制の効いた構築、工夫がこの曲の性格を握っていることに気付いたときは驚愕と感服を覚えた。

・サビの5小節目〜、13小節目〜でベースはストロークを減らしてサビ1〜4・9〜12小節目との対比を出した演奏。大小の音価の使い分けが妙だ。曲のサウンドの性格の決め手はドラムスであると同時にベースでもある。両者は地元の気風みたいなものを醸すのだ。そこに、いろんな男の子とか女の子の生活、日常が染み出す。つくづく素敵な歌で大好きだ。

青沼詩郎

くるり
http://www.quruli.net/

くるりの近況の端々(執筆時)

・くるりは2020年9月23日にミュージックビデオ集『QMV』を発売。

・くるりは2020年9月20日に『京都音楽博覧会 2020 オンライン』を開催。チケットは8月15日(土)発売。

『男の子と女の子』を収録したくるりのアルバム『THE WORLD IS MINE』(2002)

くるりのシングル『男の子と女の子』(2002)。ジャケットの絵がシンボル。

『男の子と女の子』MVを収録したくるりのMV集『QMV』(2020)。『男の子と女の子』ビデオのエンディング、ギターを持って画面奥から手前へ向かう大勢が圧巻。当時のことを振り返りながらトークするメンバーらのオーディオコメンタリも楽しめる。

ご笑覧ください 拙演