宇宙図書館ツアー

ドラムスの胴鳴りがかっこいい。激しく明滅する照明。図書館がモチーフのステージ美術。コーラスが踊りながら歌唱し目立っていますね。楽器メンバーらも楽しんでいる態度がうかがえる演奏。ドラムス、ベース、ピアノ、ストリングス、エレクトリック・ギター。原曲もシンプルな編成をコーラスで着彩している感じで、編成の骨格・肉付けをライブでも概ね踏襲しつつ、より楽しくハッピーな雰囲気を放っています。

“叱ってもらうわ My Darling”のところではプンプンした顔の演技をするユーミン。曲のオリジナル音源を聴いたときは、曲の主人公は「シンプルな憤り以上の複雑な感情を持っている」と私は思いましたが、ステージの上ではわかりやすくシンプルな感情を表現したようです。もちろんその深層の感情は複雑かもしれませんけれど。

映像のタイトルにあるとおり、2016年から2017年のおよそ10か月間にわたって行われた『松任谷由実 CONCERT TOUR 宇宙図書館 2016-2017』のときの演奏のようです。

原曲リスニング・メモ

1975年の荒井由実のシングルアルバムCOBALT HOUR』に収録されています。『卒業写真』も収録されているアルバムですね。

キレよくミュートされた軽快なドラムスでフェードイン。右にピアノ、左に下からズリあげるスライドを用いたエレクトリック・ギター。中央にベース。ストリングスが高域に。ウー・ワー・アーとコーラスは厚みのある音の壁で支える女声。男声はちょこっとスパイスのように入ります(ドゥルル……)。間奏ではよりがっつり入ってきて低い音域を支えつつ、別パートで高い声域で奔放なふるまいをする男声……山下達郎がいますね。女声の音域としても最も高い範囲に至るハイE♭へのオクターブ跳躍を含めたフレーズを歌っています。アクロバティック。

曲について ペンタとダイアトニックの対比

E♭メージャー調。ソから1オクターブ+4度出せれば歌える声域です。

音階のⅳ(ラ♭)とⅶ(レ)を抜いた、3度ほどのこまかい跳躍をふんだんにつかった歌メロディです。このこまかい跳躍の頻出が、この曲に躍動を与えている一因かもしれません。浮気しちゃったマイ・ダーリンに憤っているようにも、どこか「ヤレヤレ」といった感じで受け入れる覚悟ができているようにも感じます。

ヨナ抜きの話に戻します。ヨナ抜きことペンタットニック・スケールを感じる節回しを用いているのが、主にAメロ前半とサビです。

ところが、Aメロのカエシ(後半)の部分ではペンタ感を脱して、ダイアトニック・スケールの特徴をもった滑らかな旋律です。ダイアトニックスケールは全音階、いわゆるドレミファソラシドのこと。原曲の音源のE♭調でしたら、ミ♭・ファ・ソ・ラ♭・シ♭・ド・レを用いた7音音階ですね。この並び方の間隔が「全全半全全全半」になっています。

全音階の説明はさておき。ペンタトニック・スケール(5音音階、ヨナ抜き音階)は、民謡や童謡によくあてはまります。ですからこれをつかうと、多くの人の遺伝子に刷り込まれた……とでも言いたくなる、懐かしさや哀愁を感じさせることがあります。

それに対して、全音階(7音音階、全音階)をつかうと、音を飛ばすことなく滑らかな旋律の実現がしやすくなります。

つまり、ユーミンの『ルージュの伝言』には

Aメロ前半もしくはサビ(ペンタトニック・スケール) × Aメロの折り返し(ダイアトニック・スケール)

という対立構造がみられます。

Aメロ前半とサビにはその意味で共通点がみえますが、サビでは声域のいどころ(ポジショニング)をスカっと上まで突き抜けさせていて、爽やかな気持ちよさを覚えます。コーラス・ワークがこれをばっちりワイドな景観に仕立て、魅力ある演出をしていますね。

歌詞について 恋の旅の景色

この曲で気になるのは、“あのひと”の浮気です。いえ、「浮気した」とは言っていませんね、“浮気な恋”です。推測を交えて説明くさく表現すると「浮気しがちな“あの人”と私の恋」でしょうか。あくまで、「浮気な恋」の主体は私と“あの人”であって、脇役に浮気相手もいるかもしれませんがそれは装飾・付加のものであって、あくまで“私”と“あの人”の間の恋なのです。ところが、このフレーズを見てください。

“浮気な恋をはやくあきらめないかぎり 家には帰らない”(『ルージュの伝言』より、作詞・作曲:荒井由実)

とあります。これでは、私と“あの人”の間の恋をあきらめないかぎり家には帰らない…となってしまいます。それじゃあ、2人が別れてしまわない限り「私」は家に帰らないのでしょうか? そうではないと思います。

2人の間の“浮気な恋”はあきらめて、2人の間の“本気の恋”にしようぜと暗に言いたいのではないでしょうか。これが、“私”の望みなのだと思います。

“明日の朝 ママから電話で しかってもらうわ MyDarling”(『ルージュの伝言』より、作詞・作曲:荒井由実)が“あの人”のパーソナリティを語っています。

きっとお母さんに頭が上がらない感じの“あの人”なのですね。“ママ”は勝ち気な人なのかもしれません。

あるいは、浮気のことなんて実の母親に告げ口されて、その件で母親と受話器ごしに話すことになるなんて事態は、たとえ“あの人”が母親に頭が上がらない感じのパーソナリティでなくとも、たとえ“ママ”が勝ち気なキャラでなくとも、御免こうむりたいと私なら思います。

これからそういう事態に仕向けてやるんだから!! と憤りつつ、普段の2人が過ごす街を離れながら“あの人”の“ママ”がいる(相手の地元、ふるさとを想像します)ところへ誰にも告げずに出かけていく私のソワソワした心象が描かれています。

“たそがれせまる街並や車の流れ 横目で追い越して”(『ルージュの伝言』より、作詞・作曲:荒井由実)

場面は夕方でしょうかね。“浮気な恋”というべき事態が発覚し、かくかくしかじかあった大変な1日を過ごして“私”はこの瞬間に至っているのを想像します。くたびれちゃった生理状態。心も体もヘトヘト、イヤになっちゃう気持ち、ソワソワふわふわした落ち着かなさ、苛立ちや憤り、怒りや情けなさ、相手への責念、そして相手のバカヤロウに100歩譲ったとして自分に何かこんな事態を防げた可能性はなかったかと探る微妙な後悔、複雑なモヤモヤのぶつけ先がなく相手の母親を頼ることにした衝動性の真価はどうか……などといった思いが入り混じる、複雑な感情でいる列車内なのではないでしょうか。

『魔女の宅急便』が後天的にもたらしてくれるイマジネーションですが、主人公のキキが箒に乗って、いろいろあった一日の夕暮れ、街の営みを空から眺めつつ颯爽と通り過ぎていく……そんなシーンが作中にあったかは別として、そういった景色の展開を感じさせてくれるライン(歌詞)でもあります。

人の内面、それと重なる景色のうつろいを描くユーミンのソングライティングの独創の極みだと思います。素敵。

後記 伝えあい・託しあい

恋の厳しい境遇を、こんなにも美しくさわやかな曲に昇華できたら、それだけでハッピーになるためのスタート地点にいると思えます。

ところで、ルージュをつかってバスルームに具体的になんと書き残したのでしょう。彼を焦らせ、心をソワソワと不安に駆らせるような何かを巧みに表現したのでしょうかね。“私”の不安とソワソワを転嫁するみたいに。

この世のあらゆるものは、いつもどこかを巡り巡っています。人のあいだで、託し合って生きているのです。人間のおかしみをいっぱいに堪能できる『ルージュの伝言』の魅力。これを読んでくれたあなたに少しでも何かを託せたなら幸いです。

青沼詩郎

松任谷由実 公式サイトへのリンク

『ルージュの伝言』を収録した荒井由実のアルバムCOBALT HOUR(1975)

『ルージュの伝言』を含む映像作品『松任谷由実 CONCERT TOUR 宇宙図書館 2016-2017』(2018)

『魔女の宅急便』付加コンテンツたくさんのBD。アニメ映画の公開は1989年。

ご笑覧ください 拙演