瑠璃色の地球 2020 MV

手のひらを天にむけてやや上を向く松田聖子。海、帽子を被った彼女のモノクロ写真。スライドで静止画をクロスでみせていきます。

海にいる松田聖子を撮影したものが連続します。こちらに目線をやるカット、風に髪をゆだねた横顔。海のおもて。花のおもて。風景や対物写真はカラーのものです。

デッキのような場所で過ごしたり海の中に立ったりする松田聖子。寝転んだ横顔のアップ。まっすぐに流れる髪質がうかがえるカットが多く含まれています。海に向かってこちらに背を見せて座っている松田聖子。木の横にたたずみこちらに目線を送る縦長のカットで結びます。

公式チャンネルによるMVでしょうか。公開日に2020年7月15日とあります。新型コロナウィルスの影響が私の頭をよぎります。コロナ禍で大変な社会になったからこそ、改めて『瑠璃色の地球』が喚起するメッセージが聴き手に与えるものがある……それが社会的にも有意義だと企図したのを私は想像します。もともと予定していた発表だったかどうかは別として。

「瑠璃色の地球2020」ユニバーサルミュージック特設サイト

「コロナ」の文字は特にサイト内にみられませんが、“2020年の今、改めて危機に立つ全世界へ響くメッセージソング”とあります。松田聖子が2020年に40周年を迎えることは明らかだったはずですが、「何をするか」「リスナーにどんなものを届けるか」の内容がこうした形になったのはコロナ禍の影響があったかもしれないと私は想像します。もともと計画していたことと、世界の様子がたまたま重なっただけでしょうか?

「瑠璃色の地球 2020」スペシャルティザー映像 / 松田聖子

“大切な思い出” をテーマにした公募写真を用いた映像です。

写真1枚あたりにかける時間は短め。より多く採用するため、特定の1枚に鑑賞者の意識がとどまりすぎないように采配したのでしょうか。風景、もの、人、生き物。

エピソードと共に写真を募ったようです。写真のかたわらに曲想に合ったフォントで歌詞が表示されます。ぱっと見、きれいで平穏な様子にみえる写真にも、きっと投稿者の思い出の機微が込められているのでしょう。写真のみの募集でなくあえて「エピソードと共に」としたところに、「思い出」を尊重した企画の趣旨が読み取れます。私が選者だったらそのいずれにも情がうつって、選べなくなってしまいそうです。

曲について

作詞:松本隆、作曲:平井夏美。 松田聖子のアルバム『SUPREME』(1986)に収録。編曲は武部聡志です。

松田聖子『瑠璃色の地球』を聴く(アルバム『SUPREME』収録)

ピアノのリフ。下行するベース上で、下行・上行・跳躍・順次・移勢を含んだ音型が印象的なイントロ。折り返しにストリングスをまとい、優しげで抱擁に満ちた雰囲気です。

瑠璃色の地球 イントロ 譜例

前奏を過ぎ、松田聖子の丁寧な歌唱がはいります。ピアノのアルペジオプレイ。

Aメロ折り返しからストリングス(低めのパート)。ロングトーンで徐々にダイナミクスを上げて存在感を強めます。ストリングス(高めのパート)も麗しく絡んできます。最初のコーラスはピアノとストリングスのみで演じ切ります。

2コーラス目でベーシック(ドラムス、ベース)が入ってきます。ドラムスはリムショット。ベースは1拍目を中心に4拍目ウラにもひっかける打点です。

最初のコーラスではピアノのアルペジオが目立っていましたが2コーラス目はシンセキーボードっぽいトーンがアルペジオを奏でます。コーラスのエフェクトが効いたような広がりのあるトーンです。

2コーラス目サビでドラムスのスネアがオープンに。左のほうから華やかな金属質なシンセっぽい音色がきこえます。1コーラス目で目立っていたストリングスは脇役に。キレの短い刻みを添えているように聴こえます。ピツィカートではなくアルコで短く切った音でしょうか。奥の方に長く伸ばす音も感じます。各パートが個別に動いたりとどまったり。エレクトリックギターの歪んだ長いストロークもサビに入っている感じです。

Cメロでエレキギターが目立ちます。ここでの存在感は明らかです。ボーカルに合いの手するタイミングでストリングスのアルコ・ピアノの分散和音。4度上行(Ⅱ→Ⅴ)形の細かい和音チェンジでリスナーの意識の焦点をかきまわしてフェルマータ(停止)、半音上の調のⅤを聴かせて転調。最終のコーラスへ。

ラスト付近でみせるドラムスの装飾パターンがちょっと「ボレロ」(ラヴェル)を思い出せます(厳密には全然違うのですが)。3つのまとまりを成した装飾音が変化を添えます。さりげない。

最後のサビはコシのあるエレキギターの長いストロークが目立ちます。“瑠璃色の地球”を繰り返し、3回目はピアノのメロディで 歌詞の“(瑠璃色の地球)” と同じフレーズを表現。アウトロはベーシックが抜けて宇宙のひろがりを感じさせ、幻想的。フェイドアウトで遠くなります。

でだしのコード進行

|D♭|D♭/C♭|G♭/B♭|G♭m/B♭♭|

|D♭|D♭/C♭|G♭/B♭|G♭/A♭|

ⅰ→ⅶ♭→ⅵ→ⅵ♭とバスが下行していくパターン。下行のピッチは違いますが、最近このブログで取り上げた井上陽水『帰れない二人』のイントロを思い出します。保たれる共通音やフレーズと、移ろっていく特定の声部の対比が、空や地平、彩りや景色の変化を表現して思えます。私は夜、夜明け、朝などの情景を想起します。人間を抱く大きな母体をモチーフにした曲想・歌詞と相性が良いように感じます。ベース下行は用い方により素晴らしい表現を可能にする定石です。

Cメロ(大サビ)のコード進行

2コーラス目のサビ後、“ひとつしかない 私たちの星を守りたい”と歌うところ。

|D♭/C♭,B♭7|E♭m|C7,C7/E|Fm ,B♭7,E♭m,A♭7|

ブロックのアタマからセブンスを低音に配置した分数コード。直後にⅣの和音を予感させますがここはⅥ7に進行します。さらにその先のⅡm(E♭m)につなげるためのドッペルドミナントです。さらに次の小節でC7→C7/Eの配置転換。1小節をつかって次のFmにつなぐドミナントです。Fmに解決したかと思えばここで1拍に1和音をあてがう、めまぐるしいコードチェンジです。FmをⅡmと読み替えればⅡm→Ⅴ7、これを長2度下げて同型反復。反復時のE♭m→A♭7で元の調・D♭のドミナント・モーションにさりげなく戻っています。ここでフェルマータ(音を伸ばして停止)。

主和音・D♭に解決するかと思いきや、ドラムスのフィルインを入れて半音上の調のドミナントを1拍。新調のDに転調してラストのサビです。

緊張の連続するこの大サビ〜最終コーラスの流れがトリッキー。「これは……」と思い作曲者を検索、平井夏美と出る……井上陽水『少年時代』のあの平井夏美じゃないか! なるほど、この音楽のフックの起伏や角度。なんかわかる(平井氏の工夫の至るところ)かも……と1人納得して唸りました。

単語の反唱

“夜明けの来ない夜は無いさ あなたがポツリ言う”(『瑠璃色の地球』より、作詞:松本隆)

松本隆のことばづかい(歌詞における単語づかい)に私は影響をもらっています。

具体的にいうと、似た単語、似た単語を用いていて言い回しが近いがやや意味が違う文、あるいは似たものを想起させる単語や言葉づかいのつづけざまの使用です。

上に引用した歌い出しのラインをご覧ください。“夜明けの来ない夜は無いさ”。「夜明け」「夜」と、近い位置に「夜」が位置しています。

人にものを伝える文章を書くとき、ことばの取捨選択の方針の例に「重複をさける」「同じ言い回しをさける。その必要があっても、なるべく意味が近い別の言い回しを考える。それが無理なら、同じ言い回しのあいだになるべく距離をとる」というのがあると私は考えています。

ですがどうでしょう、『瑠璃色の地球』では、歌い出しから“夜明けの来ない夜は無いさ”

私が松本隆の作詞から学んだことのひとつは、歌詞をかく時の言葉づかいと、文章や記事を書くときの言葉づかいの方針は別ものであるということ。

私の好きな松本隆の作詞のひとつに、大滝詠一『君は天然色』“過ぎ去った過去(とき)”というフレーズがあります。こちらも、“過ぎ去った”、“過去(とき)”といった具合に、ほとんど意味するところのおなじことばづかいの連用がみられます(「過去」と書いて「とき」と読ませるのは、ひとヒネリ効いています)。

「重複をさける」はもともと、新聞記事を書く際の方針に由来する教訓です。新聞記事では、記事のスペースが限られます。限られるスペースで、意味の近いことや似た表現を繰り返していては、他の大事なことを伝えるスペースを圧迫してしまいます。「短く・端的に」=「短・端・文(たん・たん・ぶん)」と肝に銘じ、限られたスペースに、重要度に順番をつけて、優先度の高い情報から順に、無駄を削いで報じるのです。それはパズルにも似た「正解のある文章の世界」かもしれません(お手本となりうる体系が確かにあるという点についての喩えであって、もちろん報道は正解を広めるための媒体ではないと私は思います。事実を確かに伝えることによって読み手の思考を云々……以下、ここではやめておきます)。

これが歌詞となればまったくお門が違います。

新聞記事よりは、演説の壇上と近いかもしれません。大事なことは繰り返すことで印象づけるのです(逆もあって、筆や声が走って紡ぎ出した「繰り返し(リフレイン)」こそが結果としてその歌の核となることもあるでしょう)。同じ表現や意味の連用や反復がむしろ、歌詞においては吉となりうる事例が多いのです。

さまざまな畑(分野)のことば(道具)づかいの特長やポリシーを知ることで、それぞれの畑に革新をもたらすヒントが得られることもありそうです。松本隆の言葉遣いの妙味のひとつに気づけたのも、私が歌のことばと記事の書き方の両方に関心を抱いていたおかげです。「革新」はおおげさかもしれませんけれど、ことばの表現のおもしろさを深めてくれる程度の見返りは私が保証しておきます。

後記 寄ったり引いたり

平井夏美の音楽の語彙の豊富さ。はっとする転換の仕掛け。こりかたまった心をほぐし、染み入る松本隆の言葉の綾。音楽とことばを透明に映しとる松田聖子の歌唱。Cメロ(大サビ)の緊張の展開が心に焼き付き、寄って見るほどに細部に意匠が宿る様子が見えてきました。

瑠璃色の地球、地表にあなたや私、心の中に宇宙。ミクロをみると、その向こうにマクロ。

青沼詩郎

松田聖子 公式サイトへのリンク

『瑠璃色の地球』を収録した松田聖子のアルバム『SUPREME』(1986)

『瑠璃色の地球 2020』を収録したアルバム『SEIKO MATSUDA 2020』(2020)

ご笑覧ください 拙演