目の前にないものを想う

ここにないものってなんだろう。

人。

かつて関係があった人。たとえば恋人。友達。仕事仲間。

関係は切れることがある。かつて恋人や友達や同僚だった人が、長い(短い)時間を経て、別の何かに変わることがある。関係の忘却かもしれないし、恋人だったパートナーは婚姻関係のパートナーになることもあるかもしれない。

仕事は転職すれば変わる。一緒に仕事をする仲間も変わる。あるいは仕事によって、いつも関わる相手が流動する「たち(性質)」のものもあるだろう。その場合は、いつも、違った人と、その場限りの関係を持つことになる。

人以外にも、「ここにないもの」はいっぱいある。場所や、出来事。

引っ越しをすれば、住む場所が変わる。宿があるのは幸せかもしれない。休養の屋根を確保するのに難儀する毎日もあるかもしれない。

仕事によって、場所も変わるだろう。いつも同じ場所でする仕事もあれば、いつも場所が変わる仕事もあるだろう。人と一緒である。

出来事。それは時空そのものだ。その瞬間その場所にだけ存在する。たとえば音楽のコンサートが行われた夜。それは一度限りの出来事であって、再現が難しい。似た状況はつくれるだろう。でも、空模様が毎日独自のそれであるように、その綾までもはんこを押したように再生されることはない。お客さんから演者からスタッフからほか一切の関係者まで同一人物をそろえて、条件をそっくりにして固有の時空の再現を試みたとしても、それはそれで、また新たな固有の時空の出来事を生むだけである。

ここにないものは、どこにでもある。いつでもあるし、いくらでもある。それらに想いを馳せるのが、私の考えるサウダージだ。

映像 サウダージ MUSIC VIDEO

メンバーが老けメイク。未来の自分に宛てた手紙を、加齢後の本人が読む趣向でしょうか。

灰皿や手紙が、時を経たほうのシーンではエイジングされています。

デスクの頭上をまわりこむようなカメラワークでビフォア・アフターが切り替わります。

若いときの方の場面で火のついたたばこを持ったシーンがありますが、なお若く見えるといいますか、非喫煙者に見えます。実際の本人は吸う人なのでしょうか。

背景は暗く、被写体や小物以外の余計な描き込みは抑えられて感じます。メンバーの美貌が出ています。

メンバー2人のイメージが強いですが『サウダージ』発表時は3人だったのですね。

時を経る前と、経た後……老後?の自分。

いったいどれほどの風景や人や物事が、彼を通り、その身のまわりを駆け抜けていったのでしょう。

手紙に認められてた言葉とは。文章がクロス(透かし?)する演出がありました。外国語でした。ちゃんと読んだら汲み取れるのかもしれません。

曲の名義など

作詞:ハルイチ、作曲:ak.homma。ポルノグラフィティのシングル(2000)。アルバム『foo?』(2001)に異バージョン収録。

ポルノグラフィティ『サウダージ』を聴く

定常な4つうちビート。ピアノがベースラインをリフレインするイントロ。

このリフをベースと左右2本のギターがユニゾンします。ベース〜ギター1〜ギター2と、3オクターブにわたるユニゾンでしょうか。

エレキギターのピッキングハーモニクスが轟き、ユニゾンのリフレインフレーズに巧みに表情を与えています。サウンドは鋭いですが他パートと棲み分けたマイルドさ。トゲがなくスムースに歪んだ、聴き心地のよいトーンです。

倍音で裏返りそうなエレキギターソロがエモーショナル。エンディングでも旗を振ります。ワウを効かせたサウンドで、断続する感情の波を表現しているかのようです。

パカパカとラテンパーカスの衝突音がアクセント。トライアングルがチーチチ……とリズムを華やかします。

ベースラインが滑らか。Aメロはコードに沿って順次下行。対するBメロは上行で次のポジションにつなぐ運びが稀有かつ妙味です。2拍単位で移勢を利かせています。サビに入って2小節間はBメロに似てまず滑らかに上行、つづく2小節は跳躍で5度下行のポジションへ。動きが多いのにどこか優雅で品があります。それでいてダイナミック。ベースによるフレージングでこれほどの独創性を呈すのは曲芸です。心から敬服します。

サビのバックグラウンドボーカルが厚いです。トラック数を割いているでしょうか。低位を極限まで広げます。大サビで合いの手する「Hu-u-u…」など多彩です。

ストリングスの上下行が大胆かつ艶やか。ボーカルのいないところでは派手に浮き上がりますが、ほかの部分でもサウンドの基礎。メロディに寄り添った動きやサスティン。ボディをかためる重要な成分です。

イントロで目立つピアノですがほかの部分ではコードストロークや16分音符単位で移勢させるリズミカルな下行分散音形で支えます。エンディングなどはアコースティック・ギター(金属弦orガット?)のようなトーンにもきこえる瞬間もあります(それらの楽器も入っている?)。ギターソロの背景でサビのボーカルモチーフを再現しているのが私のツボで好ポイント。

こうした編曲がブラヴォー。ラテンパーカスやトライアングルといった小物の演出で情熱や愛のエネルギー、叙情を醸します。モチーフの転位・再現も構造美的に良。ボリューム・厚みもばっちり、ストリングスやピアノのボディに歪んだエレクトリック・ギターの全部入りポップ・ロックサウンド。ベーシックリズムが打ち込みの4つ打ちビートなのがこれらのつなぎとして良い作用をしています。

岡野昭仁のボーカルキャラクターも曲にはまります。響きの中心位置はやや高めですが、安易に中性的というわけでもなく、独特の声質です。ちょっとかすれた味のようなものもあり、曲のほろ苦さの表現を増幅します。

コード進行の妙

ベースのフレージングに関わるコード進行がすごく良いです。

Aメロ(“嘘をつくぐらいなら……”のところ)は

|Em D|C Bm|Am G|F# F|

簡素にするとこのような感じでしょうか。ベース音が順次下がっていきます。

対して、Bメロ(“涙が悲しみを溶かして……”のところ)は

|Am D|G C|F# B|Em|

ご覧のように、ラ→レ→ソ→ド→ファ#→シ→ミといった具合に4度上行を連ねます。

Aメロの滑らかな下行に対して、Bメロは上行で、跳躍した4度先の着地点にむけてベースラインをつなげていくのです。AメロとBメロに、こうした性格の違いをもたせて対比させています。美しいソングライティングとアレンジメントが見事です。

さらに、“その滴ももう一度飲みほしてしまいたい”を言い切るところで Em(主和音)に着地させ、その次の展開がフワっとさせます。Em→B♭につなげるのです。そしてFに進行させます。B♭はFにとってのⅣだった感覚がここで味わえつつも、安定感はまだなくフワっとしたままです。FからなんとF#(Ⅱ)につなぎ、ギュギュっと緊張感を引き締めつつ元の調(Em)のドミナントのB(Ⅴ)で感情のグラグラは最高潮に。歌詞でいうと“あなたを忘れずにいられるでしょう”のところです。感情のグラグラを宙吊りにして、サビに突入。巧妙です。エモさではち切れちゃう。

歌詞が乙女

“諦めて恋心よ 青い期待は私を切り裂くだけ あの人に伝えて…寂しい…大丈夫…寂しい”(ポルノグラフィティ『サウダージ』より、作詞:ハルイチ)

2ABメロ後のサビの歌詞。強がりと弱音のあいだで意志が揺れています。中間色の感情を描きます。弱音を打ち消し、強がり、それをまた撤回し寂寥を呈します。“寂しい”で“大丈夫”をサンドイッチ。主人公の心の中の嘆きをそのまま写したような表現です。

ロジカルに考えて書く。字脚(じあし。母音の発音の打点数)に忠実に、発音数のリズムやパターン・リフレインを尊重して書く(たとえば川柳や短歌のように)。作詞にもいろいろやり方……方針やポリシーがあると思います。

「寂しい・大丈夫・寂しい」は稀有な作詞です。ひらめき、導かれるようにするするっと、自然にそこにあったかのように流麗です。主人公が実在しているみたいに感じます。作詞者の中にこの人格がいたかのよう。唇から滑り出たようなナチュラルさです。揺れ動き、ぶれ、変化し続ける感情の本質を巧みに描いています。

一聴したときには、「花占い」のような印象も受けました。一輪の花から、花びらをひとつずつつまみとりながら、何かの答えを決める占いです。最後の花びらをつまみとったときの答えが、占いの結果。「好き……嫌い……好き……」。私の好きな人は、私のことを好きかどうか。わからないから、占いに頼るしかない。占いが頼れるものでなくて良いとわかっていながらやるのです。心のなぐさめでしょうか。

『サウダージ』の主人公も、自分の心がわかりかねるのかもしれません。いつも、寂しさと、「大丈夫」と強がれる自分がひしめきあっているのです。

『サウダージ』は喪失の歌なのだと思います。支えを失った心は、転げます。安定を求め、動きます。それがそのまま、感情の動きです。かつてはあった何か……つまり、主人公の想う人。その人が、主人公の心を支える位置から外れてしまったのでしょう。

“嘘をつくぐらいなら 何も話してくれなくていい あなたは去っていくの それだけはわかっているから 見つめ合った私は可愛い女じゃなかったね せめて最後は笑顔で 飾らせて”(ポルノグラフィティ『サウダージ』より、作詞:ハルイチ)

Aメロの歌詞です。別れのプロセスが見切れています。また、男性の歌い手である岡野昭仁が女性の主人公を演じていることがはっきりするラインです。岡野昭仁が、というよりは歌の世界自体が主人公の女性を提示しているのですけれどね。

あれこれ言い訳は聞きたくない、答えが覆ることがないのなら……という心情はわかる気がします。あるいは、あれこれ言い訳をさせて嘘をつかせることで「答え」が覆ることがあるのでしょうか。主人公が答えを覆したいと思っているかどうかもわかりません。受け入れているように見えます。強がって受け入れているのかもしれません。強がることで、現実に自己を適応させようとしているのでしょうか。

“許してね恋心よ 甘い夢は波にさらわれたの いつかまた逢いましょう その日までサヨナラ恋心よ”(ポルノグラフィティ『サウダージ』より、作詞:ハルイチ)

ABメロ後のサビの歌詞です。「あなた」へ宛てた思いを述べる歌詞はありふれていますが、おのれの恋心にあてたメッセージの構図です。これが、聴く人の門戸を広げているかもしれません。己との対峙にこそ、私は感動します。ポップソングには、そういうものを見たいと思います。

“私は私とはぐれる訳にはいかないから いつかまた逢いましょう その日までサヨナラ恋心よ”(ポルノグラフィティ『サウダージ』より、作詞:ハルイチ)

サビはじまりの構成の本曲、冒頭の歌詞。恋心の所有者は、自分だったはずです。それを手放す。変わる自分……喪失に適応する自分を選ぶからこそ、恋心に別れを告げる構図を見ます。「変わりたい」という願いは、普遍ではないでしょうか。主人公の姿に、私は自分を重ねて共感することができます。

後記 ポルノグラフィティの絶妙

ポルノグラフィティを認知して久しいです。

このブログを始めてから、すでに知っていた曲やアーティストの触れ直しをしています。ポルノグラフィティのサウンドキャラクター、演奏、アレンジメントの妙……いえ、絶妙を思い知りました。

私がはじめてポルノグラフィティを認知したのはおそらく『アポロ』(1999)の頃でしょう。歌詞の語尾、センテンス尻をグリッサンド・ダウンする感じの岡野昭仁の歌唱が印象的でした。

1986年生まれの私は当時13歳、中1くらいだったはず。曲や彼らの存在を知っていたとはいえ、「岡野昭仁の歌唱の個性」といった、ポルノグラフィティのいちばん表層……オモテの部分しかちゃんと知りませんでした。

このブログをやっていてたびたび実感するのは、多くの曲の「じっくり鑑賞」を重ねるほどに、既知曲のさらなる魅力に気づくことです。

あたりまえのようにらんらんと輝いていたポルノグラフィティの光のつよさ。オトナになって今、そちらに目を向けた私。その光と、ばっちり目が合ったのです。向こう(ポルノグラフィティや彼らの曲)のほうもこちら(私)を見ているなんてのは思い上がりかもしれません。でも、表現者は、「どうか誰しもに届けよ。私の発するこれを必要とするあなたに、どうか届け。」と思ってやっているはずです。「曲を必要とするあなた」に、私はようやくなれた、ということなのでしょう。

皮肉にも、改めて私とアーティスト(ポルノグラフィティ)の眼差しが合うきっかけになった曲が『サウダージ』。喪失や哀愁、決別や未練を題材にした曲だとは……やはりポルノグラフィティはただならぬヒキ(運命)を持っています。

むちゃくちゃ感動したのです。曲のクオリティ。アレンジすごい。それをいちばん表層で迎えているのが、岡野昭仁のボーカルキャラクターでした。

青沼詩郎

ポルノグラフィティ 公式サイトへのリンク

サウダージの意味について参考にした記事をひとつ貼っておきます。「Brasil Tips」>「世界で最も翻訳が難しいポルトガル語”サウダージ”の意味を解説!」

確かに、日本語にも他の言語に翻訳しにくい言葉があるなと気づきます。「もったいない」とか。観念でとらえると共感しやすいです。言葉のニュアンスは点でなく面。いえ、立体、時空。歌詞の宇宙と自由を思います。

ポルノグラフィティのシングル『サウダージ』(2000)。

『サウダージ “D”tour style』を収録したポルノグラフィティのアルバム『foo?』(2001)。オープニングがフレットレスのアコベ。

『サウダージ』ほか収録のシングル集『PORNOGRAFFITTI 15th Anniversary“ALL TIME SINGLES”』(2013)。

ご笑覧ください 拙演