小柳ルミ子のシングル曲(1972)。作詞:山上路夫、作曲:平尾昌晃

上リンク先の映像は第59回日本レコード大賞出演時のものでしょうか。2017年に没した平尾昌晃は同年のこの機会に特別功労賞を贈られています。小柳ルミ子の歌唱がなお感慨深く響きます。1972年時の歌唱よりも単語の語頭がより強調されて感じます。平尾氏への敬意や哀悼が表れているのかもしれません。

こちらの方が当時(シングル発売時)に近いものでしょうか。瑞々しくかろみのある歌唱です。近年も当時も、変わらない伸びと透明感です。

曲について

小柳ルミ子はB♭メージャー調で歌っています。シ♭〜オクターブをまわりレまで、10度の音域が出せればこの曲は歌えます。落ち着きある曲調。純朴な歌です。

ピークの成し方

私が面白いなと感じたのは、音程のピークがAメロにあること。高い「レ」はAメロで出てきます。変化を出すBメロ(サビ)でハイトーンを聴かせる曲は多いですが、この曲はそうではありません。

かわりにといいますか、Bメロの音形がユニークです。下行して沈み、同音連打して底面を成し、分散和音の上行で出発点よりじわじわと天井を上げていくのです。Bメロには音程の高さにピークがないかわりに、リズム形のおもしろさのピークが持たされているのです。音楽の盛り上がりのつくり方は、ハイトーンを「映させる」以外にあること……当たり前かもしれませんが、この曲が教えてくれています。

乱筆御免。

上段4小節それぞれの1拍目のみにご注目ください。「ソ→ラ→ラ→シ♭」と、ずりずりと天井を上げています。さらに下段3〜4小節目。曲中、歌メロで最も低いポジションである下のシ♭で結んでいます。むしろ「低さの頂点」がここにあるのです。

歌詞

舞台は瀬戸、私は花嫁

瀬戸は日暮れて 夕波小波 あなたの島へ お嫁にゆくの”“若いと誰もが 心配するけれど 愛があるから だいじょうぶなの(『瀬戸の花嫁』より、作詞:山上路夫 作曲:平尾昌晃)

冒頭で舞台が瀬戸であることが提示されます。季節は不明、時刻まではわかりません。17時前後くらいでしょうか。嫁ぎ先はのようです。夕波小波なので、その心中は静かに和んだ、落ち着いた気持ちでしょうか。日暮れは、婚前の人生を今まさに終えようとしている情景に思えます。婚後の人生が始まるのです。

愛があるから だいじょうぶなのには考えさせられます。愛は不定形。若いと心配する人々を納得させる論拠にはならないでしょう。もちろん、納得させる必要があるかはわかりません。周囲の人も、本心では「どうにかなる」と思いつつも、実家を離れる若い女性を率直に案じる態度を見せているだけなのかもしれません。

地元の景色、幼い弟

だんだん畑と さよならするのよ 幼い弟 行くなと泣いた”“男だったら 泣いたりせずに とうさんかあさん だいじにしてね(『瀬戸の花嫁』より、作詞:山上路夫 作曲:平尾昌晃)

だんだん畑は平地が少なく傾斜地が多い地域の象徴でしょうか。慣れ親しんだ土地との別れです。嫁ぐ年齢の姉に対して、幼いとつく弟はだいぶ年が離れていそうです。未就学児ならば6歳以下。嫁ぐ年齢の姉との差は少なくとも10歳以上はありそうですね。姉のことをまるで母のように慕った弟だったのかもしれません。

が背負うもの

男だったら 泣いたりせずにに時代を感じます。特定の性別と、特定の態度や振る舞いを結びつける表現が歌謡曲には頻出します。その結びつけに苦しむ人の声がやっと聞こえ始めたのが近年のことかもしれません(例えばですが、「男=つよい」といったことが、記号のように認識されている時代があったのかもしれません)。「おはよう」と言われたら「おはよう」と返すように、深い意味やもちろん悪意などはなく交わされる会話の中に、こういった観念の頒布や横流しが姿かたちをその都度変えて、現れていたのかもしれません。それは、かつての時代に限ったことでなく、現在でももちろんあるでしょう。

父親や母親を尊重することには私も賛成ですが、尊重すべきなのは父親や母親に限ったことではありません。また、父親や母親という属性自体を尊敬すべきなのでもありません。もちろんここでは、(おそらく)特定の個人を共通の親とする間柄、すなわち「姉弟」における事情の共有があるので、とうさんかあさんと姉が弟に言えば世間一般の父親たち・母親たちを示すのではなく、我が家の父親○○(名前)と母親●●(名前)という特定の個人を指しています。その人たちを大事にしてほしいという姉からのメッセージです。自分は実家を離れてしまい、それを成しえなくなってしまうわけですから、弟に丸投げです。弟は背負ったものの漠然とした大きさに行くなと泣いたのかもしれませんね。

てからがはじまり

…などと、だいぶへそまがりな解釈を晒したかもしれませんが、2番の結びは

瀬戸は夕焼け 明日も晴れる 二人の門出 祝っているわ(『瀬戸の花嫁』より、作詞:山上路夫 作曲:平尾昌晃)

です。柑橘類がよく育つ、晴天率の高い地域なのではないでしょうか。よろこび事を描くための舞台設定にぴったりです。今日も晴れたし、明日も晴れる…と、これまでとこれからを肯定的にとらえる潔い花嫁の姿が浮かびます。なんとも爽やかでほろ苦い。

また、描かれていないからこそ、今後の試練や困難を暗示しているように思えてならないのです。そんなところも含めて、この歌のもつ純朴な性格、音楽を成す要素を私は堪能しています。

青沼詩郎

『瀬戸の花嫁』ほかを収録した小柳ルミ子のベストアルバム。

ご笑覧ください 拙演