北米で公開とのことなので、日本で私が観られるのはそれより先になるか。

The Beatles新ドキュメンタリー映画が、今年(※)9月に公開されるとのニュースを知った。(※【追記】執筆時、2020年時点。延期となり、紆余曲折あり結局2021年にDisney+で公開に至る。)

このドキュメンタリー映画を観れば、きっとThe Beatlesのアルバム『Let It Be』のレコーディングやその時期のメンバーたちの様子をかいま見ることができるのだろう(詳しくはリンクのニュースを参照して頂きたい)。

アルバム『Let It Be』は、もちろん私も聴いた。表題曲はあまりにも有名だ。ただ、アルバムを通して1曲目からラストの残響が止むまでを、ソラで頭の中に精度高く再生できるほどには私はまだ聴き込んではいない(不勉強orz)。

…というわけで聴き込みはじめたアルバム『Let It Be』。『Two Of Us』は、その1曲目だ。

楽器や声による妙を素朴に味わえる。

のどかで、シンプルで、それでいてふわっとした夢のようでもある。そんな、日常と非日常のあいだにポッカリとあいた「空」みたいな曲だ。

編成

アコースティックギターが2本。ドラムスベース(※後にギターだと知る。本記事末に後述)歌(ハーモニーパート)

この記事でざっくり触れたいのは以下の点。

変拍子を含んだAパート。
転調するBパート。
・アコースティックギターの長6度音程のフレーズ。

順番にいこう。

変拍子を含んだAパート

ドラムスのキックが、シンプルな4分打ち(Aパートに限らない)。でも、モダンなダンスビートを思わせる表現じゃない。このキックが、変拍子のカウントをたやすくしてくれる。聴く人のためにそうしてくれたのか? いやいや、聴く人への優しさは、演奏する者への優しさでもある。メロディに緊張感を生む積極的変拍子だ。緊張感というか、引き締め効果。そんな変拍子含め、ドラムの4分音符のキックが演奏をまとめてくれる。ポッカリした空に対しての、地みたいな存在だ。あるいは、道をいく「足」か「轍」か。

はじめは、このキックの音に、ディレイ(原音に遅れた「こだま」のような効果を加えるエフェクト)がかかっているように聴こえた。これは、ドラマーのリンゴ・スターが打つフロアタムの音なのかなとも思った。タムバスドラムの音は、胴の鳴りや低音の響きよりもアタック音を重視した音作りにすると、あまり両者の区別がつかなくなることがあると思う(余談だけど、バンドのたまの石川浩二は、普通のバンドならドラマーがキックドラムで表現するような役割の音をフロアタムのハンドストロークで表現していると私は思う)。

実際、距離を変えて複数のマイクで録った音をミックスしたらショートディレイみたいに聴こえるからその効果もあるのかもしれない。この曲での真実がどうなのか私は知らない。もしあなたが詳しい人だったら教えてほしい。

Aパートのことといいつつ、ドラムが好きなので、つい演奏やレコーディング面での細かいところに関心がいく。あなたの期待を裏切ってばかりだったら、申し訳ない。

転調するBパート

この曲の主調はGメージャー調だが、BパートでB♭に転調する。調合としてのファの♯がとれて(ちなみに曲中の歌メロにはファ♯は一度も登場しない。このことも、ひとつの仕掛けになっていると思う)、シとミに♭がつく。

B♭調の平行調はGマイナー調で、これは元の主調であるGメージャー調にとっては同主短調になる。

B♭メージャースケールは、Gから起こる自然短音階と同じ音列を用いていて、その起点が違うだけのものだ。新しい場面なのに、どこか親和性があって懐かしい感じがするのはこのためかもしれない。

おまけに、B♭に転調するBパート冒頭の歌メロの音程は「レ」だ。これはGメージャースケールとの共通音だから、場面が変わっても「強引に、突然違うものを見せられた」感じがしない。「主人公はあくまでも一緒」という表現なのだと解釈するのも一興かもしれない。

机上では、つい調性や理論における理解を築きがちな私。それもいいが、結局は感じるままが正解だ。その感性があればだが。

特にThe Beatlesの曲には、調性がふわっとしたり、あまり耳馴染みのない旋法が登場したりする場面も多い。おそらくそれらを、感性によって正しく使い熟しているバンドこそがThe Beatlesなのではないかとも思う。

ちなみに、Bパートの後半のほうのボーカルは跳躍が大きく、歌ってみると音程が意外と取りにくい。ポール・マッカートニーのとるピッチにもすごく絶妙なところがあって、クロマチックに嵌めきれない感じがする。

アコースティックギターの長6度音程のフレーズ

この曲の重要なキャラクターが、イントロのギターのフレーズだ。「レシレシーシレミ…」と続く。このギターリフを聴いた瞬間、記憶の引き出しの中身と現実の音がピピっと紐づく(曲がビートルズのトゥ・オブ・アスだとわかる)という人も多いのではないか(いや、本当のオタクは冒頭のしゃべりの部分で気づくだろうが……)。

この「レ」と「シ」は長6度で協和音程。この調和が、永続的なハッピーさ、ならびにその脆さ・危うさを同時に表現しているかのようにも聴こえて奥深い。

強拍で始まり、小節の中で打点が裏拍へ移ってまた戻る。複数の弦が共鳴する、響き豊かなギターフレーズだ。コピーして真似たくなる。(もう真似た?)

そう、ここで思い出したいのが、この曲のタイトル『Two Of Us』だ。

歌詞の中にも、YouやらMe(I)が出てくる。

私にはこの「レ」と「シ」こそが、「ふたり」の象徴に思えてならない。

むすびに

The Beatlesが好きって、簡単に言うのが畏れ多い気がしてしまうのはなぜか。きっと、私よりもはるかに心から好きな人がたくさんいるから、私の「好き」は「好き」に入らない、みたいに尻込みしてしまうのか。「好き」なんて、ただの主観なんだから、自分が「好き」って思ったならそういえばいいじゃないか。まぁ、そうなんだけれど。

・・・・・・・
「おまえ、好きっていうからにはThe Beatlesのxxxxxxxxのoooooooooについてはどう思うんだ?」

「ごめんなさい、好きは好きなんだけど、そこまでは知りません」

「そんな程度で好きとかよく言えたもんだなーー!」

「ごめんなさい!!」
・・・・・・・

今までに私が出会ったビートルズ好きの人は、みんな明らかに私よりもThe Beatlesのことをよく知っているにも関わらず、みんな優しかったと思う。いや、もちろん、私が浅い「好き」をむやみに表明しなかったからかもしれないけれど。

なぜついつい、あなたや私の「好き」の大きさを比べて、優劣を意識してしまうのか。「好き」に限らず、あらゆることについて私は他者のそれと比べてしまう。自分を知る手段としてそれは構わないと思うけれど、そのことで妬んだりやっかみを持つのは不健全だ。

The Beatlesとの距離は、あなたや私によってそれぞれだろう。なんだったら、関心を向けないで生きたってもちろんかまわない。それで恙なく過ごせるはずだ。

ひとつの対象と、いろんな距離感の人がいる。より多くの人たちにとっての、共通の指標。それが、ときにThe Beatlesだというだけ。ランドマークとさまざまな距離にいる人が、同じ空の下で共に生きている。その事実を知らしめてくれるバンド。

The Beatlesは空みたいな存在でありながら、あなたや私と一緒に地面を踏んできた、同じ人間でもある。私は、自分が偉くもないし大きくもない存在であることを恥じる必要はない。ただ、「The Beatles」と、「あなたや私」という”Two”だとか”Us”があるというだけのこと。道はすうっと、伸びている。

青沼詩郎

追伸 『Let It Be… Naked』ではカットされた「演説」

アルバム『Let It Be』に入った『Two of Us』の冒頭には、ジョン・レノンによるしゃべりが入っている。朗々とした語調が講談師を思わせる。ラウドスピーカーのような音質が演説のようでもある。冒頭のこの「やかましさ」に対して、アウトロでは軽妙な口笛を聴くことができる。また、歌詞の一部とみなしていいのか迷うような、ちょっとした「しゃべり(つぶやき?)」も入っている。この穏やかさと、冒頭の「演説」のラウドさに私は対比を見出す。

ちなみに、この冒頭の「演説」は、のちに発表された『Let It Be… Naked』に収録された『Two of Us』ではカットされている。

こちらのアルバムでは、他の音によるマスクがない分、よりメンバー4人の演奏のみを、細部まで堪能できる(だからNakedか、なるほど)。『Two of Us』に関しては、『Let It Be』バージョンよりも若干、ギターの鳴りを派手に感じるミックスだと思った。

追記:サウンドの秘密は、編成のカン違いにあった

イントロのギターは、ポールの演奏。私がベースだと思ったパートはベースじゃなくエレキギターで、ジョージのフィンガーピッキングだそう。なるほど、トーンが独特なベースだと思ったけど、ギターだったんですね……音域や響きで気付けたら良かった。

けど、結果的に大合点のアンサンブル。エレキギターによる模擬ベースが、人の声みたいな音域で気さくにうなる。確かにこれが本物のベースだったら、力(りき)の入ったガッチリしたバンドサウンドになってしまうかも。郊外に延々と伸びた路上の端っこで、車座でアンプラグドセッションしてるような感じ。その秘密は、この編成にあったようだ。

【参考にした本】

『ビートルズを聴こう 公式録音全213曲完全ガイド』里中哲彦・遠山修司著 中公文庫 2015年 (263-264頁)

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The Beatles『Let It Be』https://music.apple.com/jp/album/let-it-be/401151866

The Beatles 『Let It Be… Naked』より『Two of Us』https://music.apple.com/jp/album/two-of-us/1441132606?i=1441132628