ビュッフェ・パーティへの招待状

アルミホイルに包まれたままの人がいる

暮田真名『ふりょの星』(2022年、左右社)より

ビュッフェパーティで満腹になれるか

友人の結婚パーティーにお呼ばれする。たくさんの料理がふるまわれる。ビュッフェ形式だ。好きなものを好きなだけとって食べたり飲んだりできるという建前のセルフサービスである。

パーティでは居合わせた人と話をしたり、MCによる会の進行に従ったりする。だから、満足いくまで好きなものを食べたり飲んだりできるかは現実としては別の話だ。そうしたパーティで、むしろ食事量に満足いくケースの方が稀なのではないか。

こうしたパーティで野獣のように食事にがっつく人を探すのは難しい。食事よりも社交の場としての性質が強い。食事量に満足して場をあとにする目的についていえば、街のつけ麺屋さんに軍配が上がるのは言うまでもない(言ってしまった)。

食べるのが誰であっても

ビュッフェで用意される料理は、私のためでもあるが、同時に不特定多数の人のためのものである。主催が招待した人が集まる結婚パーティであれば「不特定」は誤りだが、ビュッフェ料理は私のためのものであるのと同時に、私が手をつけなくともよいものだ。もっと言えば、私が欠席しても素知らぬ面でビュッフェコーナーに出るだろう。消費者が特定の、私という個人である必要はない。

万が一、はじまりを待つ会場への道を行く私が、横からぬっと出る謎の黒服の腕に口をふさがれ黒塗りの車内に引き摺り込まれやり込められて、私のかわりに私そっくりの顔を持つ中身長の男が私と入れ替わって結婚パーティに出席し、会場で待つ素知らぬツラのビュッフェ料理とランデブーしそれらを胃中に下しても、ビュッフェ料理としては本懐を遂げるのに等しい。

奉仕の成就

ビュッフェ料理は賞味されるべくこの世に生まれたわけだが、会場に無事たどり着いた私(そっくりの男)が友人との会話や会の進行に従うのを優先した結果、潔白(手つかず)のまま会の終了後に残される料理もある。ビュッフェ料理は陳列され、参加者の目を煌めかせることが最大の使命であり、参加者の舌の上を通って胃中に下されることは二の次なのかもしれない。

二の次とはいえ、時間も胃袋の容量も限られる中、選ばれて賞味(消費)されることは奉仕者のよろこびだ。やはり二の次は言い過ぎた。陳列されただけでその商品が使命(サービス)を全うしたとみなすのに私は抵抗を感じる。食べ物は食べるに限るし、飲み物は飲むに限る。それを「陳列だけ」だなんて……作りっぱなしで聴かれない音楽と一緒じゃないかッ……。 歌は歌うものだし、詩は吟じるものだ。

謎の黒服に拉致された私は車内で、ムチムチ・あるいはバッキバキの肉体をスーツに包んだ奴らに懇願する。私の身はどうなってもいい。会場で皆を待つビュッフェ……ビュッフェ料理だけは、どうかきれいに平らげてやって欲しい。料理を食べて皆が元気になって、私の分まで生きてくれたらそれでいい。食べ手がたくさん要るだろうから、今からあなたたちも行ってはどうか? あわよくば新郎新婦に「おめでとう」を伝えてほしい……。

次のパーティを待つ

黒塗りの車内を経由したどこかで、私(そっくりの男)が書く招待状があなたの元に届く。新郎も新婦も神父も友人も親類も黒服もビュッフェも、巡り巡って詩歌に音楽に因果する。包まれたままの、未知の恩みがごろごろしている。享受し、与え合う。

MISIA『つつみ込むように…』 鏡以上のもの

作詞・作曲、発表の概要

MISIAのシングル(1998)。アルバム『Mother Father Brother Sister』(1998)にリミックスバージョンを収録。作詞・作曲:島野聡、編曲:松井寛。

耳を引くボーカル、パーカッション

サビのⅣに次ぐⅢ7(Ⅵmにとってのドミナント)のときのキュンとタマがすぼまる都会的な濁った響きは意識・無意識下で数多模倣されるほろ苦く酸っぱい響きではないか。ピアノの短く切れたハネるグルーヴの8分音符ストロークのサウンドが愛おしい。

オープニングやエンディングの超高音域ボーカル・フェイクはヒトの声なのか一瞬認知が遅れるほどに稀有で器楽的な歌唱表現である。シンセサイザーで発生させた純音かと聴きまがう一瞬。

人間離れしているが、わが家の幼児(3♂)がしばしばこのような音声を発するのでMISIAもわが家の幼児も同胞であり、幼児の親である私も同様に同胞と理解できる点については安心する。

シンバルにとって替わるヴィブラスラップ

ヴィブラスラップ、クラヴェス、ウィンドチャイムと充実したパーカッション。「カーッ」と鳴るクラヴェスは私の偏愛する大滝詠一作品でもしばしば登場するユニークな体鳴楽器。MISIA『つつみ込むように…』ではこれでもかと登場する。サビ前のキメなど絶頂に至ってしまう思いである。史上ヴィブラスラップ最多登場曲ではないか。

特定のタイミングを際立たせる効果を狙って、少なく登場させる事例がヴィブラスラップを用いた曲の多数派だと思うが『つつみ込むように…』ではベーシック・リズムの一部として機能している。

ドラム・キットがリズムの覇権を担う編成において、クラッシュ・シンバルを「シャーン」と鳴らすべきタイミングでヴィブラスラップを用いているのだ。あまりに頻繁に鳴るし、登場のさせ方(登場するタイミング)の特徴が何かに似ているのでふと気づいた。

MISIA『つつみ込むように…』では、おそらくクラッシュ・シンバルがほとんど登場していない(もし鳴っていたとしても、ベーシックの一部を担うに相当する音量には満たない。隠し味的というか)。リバース音のようなものは頻繁に鳴るがシンバルをサンプルしたリバース音なのかどうか分かりかねる。サビ前のキメのところではオープン・ハイハットの音が混ざっている? こちらもなんともいえないが、やはり鳴っていたとしても音量の程度(聴き手の注意を引く量)は小さい。

タイトで明瞭なリズムアンサンブル

クラヴェスの「カッ」と乾いた音色とともに、クラッシュ・シンバルの代替にヴィブラスラップを抜擢しシマリのあるタイトなリズム・グルーヴを実現している。プログラミングであろうスネアドラムの音も短くキレが良い。プログラミングならではの明瞭な音像は積極的に選ぶべき一因にもなる。余計なシンバルがないせいか、ハイハットやスネアの中高域もいっそう歯切れよく感じる。ウィンド・チャイムのキラメキも際立つ。

一般にドラムセットに組み込まれる、複数の音色の違うシンバルが担う役割を、ヴィブラ・スラップとウィンド・チャイムとサンプルのリバース音のかけ合わせで表現した印象である。

ドラムスの音がプログラミング主体だと、特にシンバルのような、複雑な倍音を有する楽器もサンプル音に頼ってしまうと「打ち込み臭さ」が目立ってしまうおそれがある。

『つつみ込むように…』のヴィブラスラップやクラヴェスが生演奏なのかサンプル音なのか分かりかねるが、「サンプル臭さ」が目立ちやすいクラッシュ・シンバルを遠ざけ、響きが単純かつ個性や輪郭のはっきりしたヴィブラスラップほかを用いるメリットは理解しやすい。タイトで魅力的なリズムアンサンブルの構築美は一台のフルセットのドラムセットにも負けじと雄弁である。

私の偏愛が高じて着眼点がパーカッション類に集中したが、全般に渡り大変すばらしい音源であり、惚れ直した。ワウの効いたギター、ピアノ、シンセサイザー、MISIAのものと思しきバックグラウンド・ボーカル、メイン・ボーカルのフェイク、サクソフォンと、局所ごとに耳を引く「ハナ」がたくさん仕掛けてある。

梯子を渡るように機敏に・優雅に上下し、休符が雄弁なベース・ラインは洗練の極みで耳福である。キーボードで演奏するシンセサイザー風の音色も、ワウのようなフィルターエフェクトをかけるとギターっぽく聴こえるかしらなど思いつき・気づきをくれる。想像の広がり・アイディアをもたらしてくれるサウンドの豊かさ。

孤独の抱擁 歌詞

歌詞のあるボーカル・ミュージックであるのを忘れて聴き入るほどに、響きが確立されている。曲名が『つつみ込むように…』であるが、何をつつみ込むのか。ふわっと入ってきたのは、歌詞 “そして孤独を 包み込むように”である。

“恋人と呼びあえる時間の中で特別な言葉をいくつ話そう 夢に花 花に風 君には愛を そして孤独を 包み込むように”(MISIA『つつみ込むように…』より、作詞:島野聡)

包み込み、露出から守っても、孤独が消えるわけではない。消すべきものでもない。表現してもいい。表出してしまう孤独もある。孤独を覆い合うために人は連れ合ったり群れたりするのだろうか。裸の集団に裸を紛れさせ、隠すようなもの。孤独の集合が社会の真理。愛は孤独の抱擁。思想が研がれ光る。

“誰も皆 満たされぬ時代の中で 特別な出会いがいくつあるだろう 時に羽 空に青 僕に勇気を そして命を感じるように”(MISIA『つつみ込むように…』より、作詞:島野聡)

個人に特化した奉仕は稀少なもの。きょう私の胃に入ったものは、ほかのだれの胃に入ってもおかしくなかった。万人向けの恩恵を受けて、社会に属して、汎用可能なヒトになる。平凡な満足と不満のはざまで自分とは何か問う。「自分である必要」をせっせとかき集めて積み上げて、風で吹き飛ぶ山をこんもりさせている。自分を映すためにヒトは出会うのか。鏡と鏡を向き合わせれば、鏡の中に鏡が映る。個人は鏡以上のものである、少なくとも。

“雨上がりの道を カサさして歩いた 水鏡にうつそう 幼い子供みたいに いつからか大人ぶっていた 毎日に慣れてしまって ただ素直に 感じあえること 遠ざけ 追いかけ 迷い続けるのさ”(MISIA『つつみ込むように…』より、作詞:島野聡)

観念的な描写を基調としつつ、歌い出しに情景が浮かびやすい描写がある。大人になるにつれ関心の対象がモノから人へうつろう傾向があるだろうか。人によっては逆かもしれない。コードの響きは濁るほどに大人っぽくなり、歌詞にあらわれる主人公の葛藤を映す。煩雑になるものを手放すべきか、せめぎあう。大人になると骨格的にも筋力的にも、多くのモノが持てるようになってしまう。荷物が少なかったあの頃の、これから手に入れるわくわくを回顧する。ぜんぶ捨ててしまえば、また味わえるだろうか。

青沼詩郎

MISIA 公式サイトへのリンク

MISIAの『つつみ込むように…』を収録したアルバム『Super Best Records -15th Celebration-』(2013)

MISIAの『つつみ込むように…(DAVE”EQ3″DUB MIX)』を収録したアルバム『Mother Father Brother Sister』(1998)

暮田真名の句集『ふりょの星』(2022)