映像

武道館

赤いボディのエレキギターのイントロ。ディレイサウンドがリズムを複雑にします。帽子をかぶったギタリストはキセルの辻村豪文でしょうか。しばらくするといつの間にか帽子を脱いでいます。バカでかいスピーカーが置かれたステージ美術。熱気あるバンドの演奏。斉藤和義は黒いアコースティック・ギターをかきならします。今やトレードマークですね。背景に「45stones」の文字。『45STONES』は2011年10月19日発売の斉藤和義の15番目のオリジナルアルバム。動画タイトルからこの武道館ライブは2012年2月11日とわかりますので、アルバム発売にからめたツアーだったのでしょうね。シングル『やさしくなりたい』の発売は2011年11月2日で、『45STONES』には収録されていません。アルバム発売後1ヶ月未満に早くもシングル『やさしくなりたい』を出したのです。活発なリリースですね。ドラマ『家政婦のミタ』主題歌として知る人も多いのではないでしょうか。

MV

“THE BEACHIKS”とステージ背景、そしてドラムセット中のバスドラムのヘッドにあります。架空のバンド名でしょう。彼ららしい純朴なバンド名です。架空のバンド名も(一応)ビートルズのパロディですし、そもそも映像もビートルズの武道館公演のパロディです。これはひとつ前の38thシングル『ずっと好きだった』のMVからの流れがあります。どちらもビートルズパロディであり、キャストも継承されているのです。配役は前作からチェンジがありますが、それぞれがビートルズメンバーの役なのです。ポール役がちょっとベースへたくそっぽいところがたまりません。リリー・フランキーはギター弾けるはずですが、ちょっとヘタっぽくみえるのはもともとレフティではないためでしょうかね。あるいは意図的にへたっぽく演じているのかもしれません。濱田岳のドラムスはリンゴ・スターにしてはだいぶおとなしめです。ジョージ・ハリスン役は前作から引き続き二丁拳銃の小堀裕之で、顔の堀の深さはほかのキャストではつとまらないところが認められたためのキャスティングかもしれません。1本のマイクをポール役とシェアしています。というわけで、斉藤和義はジョン・レノン役です。前作はポールでした。

『ずっと好きだった』MVの流れは『やさしくなりたい』へ

弾き語り

独特のひくい音域から例のイントロを思わせるディレイサウンド。だんだん音域をあげ、ブレイク(休符)して……例のイントロがキます。アコギの鳴りが派手っ派手のゴージャス。ギター千本分くらいの鳴りなのじゃないか。弾き手も楽器もいい。もちろんPAさん、ハコ鳴りも。エンディングは再びディレイのリフ。こだま効果が複雑なリズムを成しますが基本8ビートのストロークです。

曲について

(前項とかぶる内容を含みますが)斉藤和義の39番目のシングル(2011)、16番目のオリジナル・アルバム『斉藤』(2013)に収録。作詞・作曲も(もちろん)斉藤和義です。日本テレビ系ドラマ『家政婦のミタ』主題歌。

斉藤和義『やさしくなりたい』(シングル版)を聴く

イントロのエレキギターのリフはいわずもがな。何度もいいますがディレイをかけて複雑なリズムを演出しています。演奏のストローク自体は8分音符の連続です。このディレイ・ギターが左側に振ってあります。Bメロではストロークを減らしてサスティンを活かした伸ばしたプレイもみせます。

右側には歪んだリズム・ギター。基本リズムを刻む役割ですがこちらもサスティンを活かしてBメロでは伸ばし+カッティングの複合フレーズでビターに弾いています。間奏などでも開放的に弾いていますね。

真ん中にアコースティック・ギターのストロークがいます。これがギター・ボーカル的な扱いですね。間奏後の大サビのところでは裸っぽくなります。

ベース。8分音符のダウン・ストローク中心でずいずいとビートして音楽をはこんでいきます。

オルガン。エンディングのストロークを伸ばしてディレイ・ギターが残るところで「いたんだ!」と気づきましたが、2度目に聴くとイントロからちゃんといると思い直しました。Aメロでバンドの音量が並盛りになるところでは確かに空気を埋めているのがわかります。Bメロもフアーっといますしサビではちょっとトーンを派手にしているでしょうか(気のせいかもしれません)。バンドがみんな減衰リズム中心なので実は超重要な存在かもしれません。シンプルなバンドの音をより「売れる音」にする魔法です。もちろん斉藤和義サウンドのすばらしさがオルガンの有無に大きく左右されるわけではないでしょうけれど、まちがいなくポップ度・ロック度をあげてくれるトラックです。

ドラムス。派手めで気持ちのよい音です。タム類・シンバル類で左右に広がりを出しています。1・3拍目にキック、2・4拍目にスネアの非常にベーシックな基本パターンです。エンディングでシンバルやフィルの頻度を上げて派手になるところがかっこいい。スネアの抜けが良いけれど強くコシのあるキャラクターが非常に好印象。バンドをいきいきとさせます。

タンバリンもいます。2・4拍目を強調した8ビートです。リズムの派手さ、安定感に与しています。脇役ですが、ひとり多重録音の斉藤和義サウンドをまとめあげるのに実はリズムのかすがいのような重要な機能を果たしているかもしれません。バンドのベーシックにサウンドの美味しさをトッピングして完成度を高めています。料理だったら仕上げのハーブ・スパイスとかひとかけらのとろけたバターとかそんな感じです。オルガンとともに名助演ですね。

歌詞

“愛なき時代に生まれたわけじゃない キミといきたい キミを笑わせたい”(斉藤和義『やさしくなりたい』より、作詞・作曲:斉藤和義)

否定(打ち消し)で結ぶラインがサビの二言目にきます。この「〜ない」が後続の「〜たい」(希望、願い、志)の布石になっています。もちろん押韻にもなっています。おしりで韻を踏む「脚韻」です。

“地球儀を回して世界100周旅行 キミがはしゃいでいる まぶしい瞳で”(斉藤和義『やさしくなりたい』より、作詞・作曲:斉藤和義)

童心に満ちた「キミ」です。実際に、子どもと地球儀を見たり回したりして遊んだ経験をモチーフにしたのかもなと想像しました。

“サイコロ転がして1の目が出たけれど 双六の文字には「ふりだしに戻る」 キミはきっと言うだろう「あなたらしいわね」と「1つ進めたのならよかったじゃないの」”(斉藤和義『やさしくなりたい』より、作詞・作曲:斉藤和義)

こちらの「キミ」は大人びています。なんとなく私は、1番ではしゃいでまぶしい瞳をみせた「キミ」と違う人な気がしています。同一人物なのかもしれませんけれど、複数のキミがひとつの歌の中に出てきているのかもしれません。それは想像の楽しみでもあります。

斉藤和義の歌を聴いていると、このようにして主人公とは別の人格が出てくるシーンによく出会います。たとえば『やわらかな日』などが思い浮かびます。『やわらかな日』でも、もうひとつの人格がしゃべったであろうことばがそのまま歌詞になっていますし、それどころか『やわらかな日』では主人公ともう1人の交わしたせりふ、つまり会話が歌詞になっているのです。何気ない会話なようでいて、とても具体的でリアリティがあります。会話やせりふの内容に人格の個性が出ていて、歌の世界に奥行きと立体感をもたらします。『やさしくなりたい』『やわらかな日』いずれについてもそう思います。(歌ネット > やわらかな日

コード進行

AメロはⅣ→Ⅴ→Ⅵmパターン。Ⅰを出さないのでビターな雰囲気がつづきます。

Bメロの入りはⅤ。そもそも「緊張の和音」ですので、これを頭にもってくるだけで存分に雰囲気の転換がはかれます。ⅤのあとはⅥm、それから→Ⅳ→Ⅴ→Ⅴ♯dim(Ⅵmに行きたくさせる不安定な和音)。やっぱりⅠを出しませんので引き続きビター。

サビはⅥm→Ⅱm→Ⅴ→Ⅰパターン。やっとちょっとⅠ(主和音)が出てきて光がみえます。

2コーラス目に入る前の間はⅥmでひっぱってⅡコーラス目へ突入。引き続き、安心感あるⅠを長くは響かせてもらえないのです。

それを破って開放的にさせるのが2コーラス目が終わったあとの間奏。構成のあたまでようやくⅠを響かせます。ここまでの長いおあずけ状態が、ここの情景の明度を際立たせています。Ⅰ→Ⅰ(第1転回形)→Ⅳのパターンで、折り返し後のⅣはⅣmに変更。Ⅳmは斉藤和義ソング頻出のおいしいコードです。

構成のアタマをⅠにしたパターンはエンディングで再びあらわれます。曲のほかのところではⅠの登場を極力控え、もっぱらⅣやⅤやⅥmのコードを中心に用い、“愛なき時代に……”というサビの歌詞でほろ苦さを全体に印象づけておくことで、間奏やエンディングのⅠの開放感、救われる感じ、カタルシス感が際立っているのです。

感想

ウダウダ解釈や分析をたれる試みをしていますが、一聴して私は斉藤和義ソングのファン。ただただ直感的に好きなのです。ひとりで多重録音する制作スタイルにも勝手ながらつねづね共鳴・共感を寄せています。

私は斉藤和義とキセル両方のファンなので、斉藤和義がテレビに出演して『やさしくなりたい』を披露する時のサポートギターにキセルの辻村豪文の姿をみつけた時には興奮した記憶があります。もろもろの映像をみるに、ツアーなどにも帯同したのでしょうね。録音ではひとりで演奏を多重録音し、その音源も魅力だしライブでのサポートメンバーとのバンド編成も魅力だし弾き語りライブも圧巻。私のミュージシャン像のザ・理想が斉藤和義です。

青沼詩郎

斉藤和義 公式サイトへのリンク

『やさしくなりたい』を収録した斉藤和義のアルバム『斉藤』(2013)

『やさしくなりたい』を収録した斉藤和義のシングル集『歌うたい25 SINGLES BEST 2008~2017』(2018)

ご笑覧ください 拙演