まえがき

ハロウィンが済むと手のひらを返すようにクリスマス一色になる街の商業施設や店舗です。

日本人は海外から習わしを輸入して自分たちなりに楽しんでしまうのがうまい、とする言説を拾うことがありますがその通りだと思います。私は割合すまし顔で平静でいるつもりですが、子供時代はクリスマスプレゼントを本気であてにして楽しみにしていてその結果を心から喜んだのを、30代の父親になったいま、自分の子供の様子を見ていて思います。

日本語の歌詞で親しみ、記憶にとどめている数多のクリスマスソングの類も、ひとつひとつは英語圏がオリジナルである場合が多く、『赤鼻のトナカイ』も例のひとつです。オリジナルの英語のバージョンにふれてみると、その言葉のリズムの質感が軽快で、日本語詞で親しんだ少年期の記憶にとどめている楽曲の味わいとはまた違います。ジャズ・スタンダードに触れているような気分もしますね(てか、そのもの?)。おしゃれで気が利いていて、さりげなくて上手い(美味い)です。

Rudolph the Red Nosed Reindeer Gene Autry And The Pinaforesを聴く

作詞・作曲:Johnny Marks。Gene Autry And The Pinaforesのシングル(1949)。

曲を検索しておや??『赤鼻のトナカイ』の原曲を聴こうと思ったけれどこれで良いのかなと思うのが導入部分。こんな曲なのですね。ルドルフ以外のトナカイたちの固有名詞を連ね、挙げていく部分です。自由なビート感(アン・ビート感?)ですらすらと唱えていきます。固有名詞の列挙に頭韻や脚韻が含まれており、リズミカルで快いです。

“You know Dasher and Dancer and Prancer and Vixen, Comet and Cupid and Donner and Blitzen. But do you recall the most famous reindeer of all?”

(『Rudolph the Red-nosed Reindeer』より、作詞:Johnny Marks)

1940年代後期の録音かと思うのですが(後年の再録音でなければ)、音が良いです。モノラルではあると思うのですが、音のセパレーションと接着が抜群です。複数のパートが調和して、でもそれぞれにいい塩梅の質量感で折り重なってハイライトをシェアしています。

ミューテッドトランペットが極上です。金管楽器でこんなに木管楽器を思わせる暖かな音が出るんですね。鼻の赤い特異さで「トナカイ」の括りを外れそうなルドルフの存在感を思わせるのが、この至極マイルドなトランペットです。

ベースがブン、ブン、とのどかです。ドラムスはブラシを用いているでしょうか、シャワシャワとスネアでアクセントしたり連なる長い音を描き込みます。ストリングスの足並みの揃った高音域がまた良い。トナカイらの歩調を思わせます。

2コーラス目は同じ歌詞の繰り返しで、女声が入ってきます。サンタと、サンタからのギフトを心待ちにする子を持つ親たちの構図を思わせます。

冒頭の名詞の列挙、1コーラス目、間奏、2コーラス目の構成。あとくされなく音楽は結びます。冒頭付近のチランチランと優美なグロッケンっぽい音はグロッケンにしてはパッセージが早く連なりが長い。なんの楽器なのでしょう。エレクトリックピアノっぽい楽器なのか……オルゴールのようでもありますがくぐもった優しい響きがそれとも違います。

古い歌とは思えない、新鮮なサウンドがパックされていて巧みに編まれています。70〜80年前の音楽ですよ?(執筆時:2023年)。それでいてなつかしい。胸が贈り物でいっぱいに満たされた気分です。

青沼詩郎

参考Wikipedia>赤鼻のトナカイ

参考Wikipedia>ルドルフ 赤鼻のトナカイ 童話・アニメーションの同名作品をテーマに楽曲『Rudolph the Red-Nosed Reindeer』が作られました。

参考サイト・記事 世界の民謡・童謡>ルドルフ 赤鼻のトナカイ誕生秘話(実話) クリスマスソング誕生エピソード/1938年アメリカ・シカゴ コピーライターとして働くロバート・メイさん、がんを患った妻のエヴリンさん、母親の様子が「みんなと違う」ことを指摘する娘のバーバラさんの悲しい嘆きが物語『Rudolph the Red-Nosed Reindeer』誕生のもとになったといいます。闘病生活のつらさやさびしさを想像すると目頭が熱くなります。楽曲のほうの『Rudolph the Red-Nosed Reindeer』の作詞・作曲者のジョニー・マークスさんはロバート・メイさんの従兄弟だというのも、深い縁が世界的な有名曲の背景にある感慨深さを私に覚えさせます。

参考サイト・記事 世界の民謡・童謡>赤鼻のトナカイ Rudolph the Red-nosed Reindeer 暗い夜道はピカピカの お前の鼻が役に立つのさ 日本語訳を掲載。ルドルフがいかにのけものにされていたか、そこからサンタによる抜擢で大逆転ともいえる活躍と仲間から寄せられるまなざしの革新を成したのが伝わってきます。自分の鼻は自分で見られないよね、とクスリと気づかせてくれる邦訳です。と新田宣夫さんの日本語詞も掲載しています。

Gene Autry『Rudolph the Red-Nosed Reindeer and Other Christmas Classics』(2003)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『Rudolph the Red Nosed Reindeer(“赤鼻のトナカイ”)ギター弾き語りとハーモニカ』)