薬師丸ひろ子を聴く
冷たい感じの歌唱が独特ですね。時折歌手の声に冷たさを感じることがあります。たとえば大滝詠一さんの歌唱も「冷やっこさ」を感じます。なぜなのでしょう。感情をあらわにしないで歌っているから?感情は本人の内側にあります。態度にそれを表出させたりあるいは意図的に表現しているのであれば外側に出てくる(観察できる)でしょうが、実際の感情自体の有無はおおむね本人にしかわかりません。
この歌は失恋の歌……というか失恋がモチーフにはなっているようですが、主人公自身が失恋したのではないところがユニークです。おおむね感情を扱う楽曲というものは感情の主体が主人公自身にあることが多いからです。
失恋をした友達(?“あなた”)を励ましている。ですから、恋の転覆の激情を抱える主が主人公であってはおかしいわけです。もちろん主人公にとっての一心同体くらいの大親友が“あなた”であり、その“あなた”に対して恋人(だった人?)が部外者の主人公までもを憤慨させるに値する蛮行をしたというのであればそれも例外かもしれませんが……
そういう意味で、歌のつむぐ映像のなかに含まれている失恋感情の主(ぬし)自体は“あなた”なので、冷たさを感じさせるくらいに落ち着いた薬師丸ひろ子さんの歌唱は楽曲の方向を正しく汲んでいると思えます。この楽曲でなくても薬師丸ひろ子さんの歌唱には冷たさにつながるような落ち着いたトーンを見出すことは、私にとってはたやすいです。偏見でしょうか。ちょっと誤解を招くかもしれませんが、すこし別のことばでいえばクールです(あまり変わってない?)。
間奏のハーモニカは複音でしょうか。シングルリードのテンホールズではよくもわるくも汚し感が出てしまいこのレベルの独特のしんみり感を出すのは難しいでしょう。“あなた”と、あなたにかける主人公の慈愛をやさしく演出しています。
竹内まりやを聴く
これは素晴らしい。“大人への階段を ひとつ上ったの”(『元気を出して』より、作詞:竹内まりや)で、半音転調し世界のステージが上行するのです。
“あなた”の背中に手を添え、ポンとやさしく叩く友愛の歌唱が感動的です。アレンジメントもラテンパーカスがパカパカいって楽園感あったり、ハートウォーミングなオルガンが耳を引いたり、ピアノのストロークがスマートにじんわりと響いたり……先に述べた転調を経てBGVが肩を組んで“あなた”と主人公を包みます。“あなた”との、尊い距離感(大人のそれです)を保ちつつも絶対的な友愛とその関係の温度を表現していて泣けてきます。
竹内まりやさんの音源で最初に知ったので、薬師丸さんへの提供曲だと今回の鑑賞で初めて知りました。シングルのB面にいれる、アルバムに入れる、シングルのA面にするといった経過からも、この楽曲を竹内さん側としても重要な存在として扱っているのが伺えます。
ラブソングは世に多いけど、これほどに潔くて尊くて暖かい友愛を描いた傑作は稀だと思います。心にずっと残しておこう。
友達って、お互いの恋愛のパートナーが変わったからといって切れる関係じゃない。親愛(親子の愛)だったら、親の方が年齢的に先に逝ってしまいもします。友愛はその性質上、ほんとうに末永い愛のひとつなのだと気付かされます。尊いです。
青沼詩郎
『元気を出して』を収録した薬師丸ひろ子のアルバム『古今集』(1984)
『元気を出して』を収録した竹内まりやのアルバム『REQUEST』(オリジナル発売年:1987)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『元気を出して(薬師丸ひろ子の曲)ピアノ弾き語り』)