日本人は季節の歌が好き、の根拠はないけれど
日本人は季節の歌が好きである
という説に対する確固たる根拠を示しかねる私ですが、サブスクで音楽を聴くことが私にごくあたりまえに馴染んだ今の時代において、そのサブスクをさまよっているに、数多の表現者がリリースしてきた数多の季節を扱った歌、その季節特有のモチーフを印象的に扱った歌が多いこと。季節を私に印象付ける楽曲に、出会うことがあんまりに多いので(私が意識的にか無意識にか求めているというだけのことかもしれませんが)、特にこれといった具体的な根拠はないけれどつくづく日本人(というか私)は季節の歌が好きだなと思わせるのです。
私のような奴もそうそういないと思う一方、私のような奴はどこにでもいるとも思います。つまり、私が「季節の歌が好きだよな、私って」と思うからには、日本あるいは世界のどこかに、あるいはどこにでも、私のように「季節の歌、好き」と思っている人はいておかしくないと思うのです。
ある人の個性の偏りの全てをそのまんまに写し取ったようなそっくりな二人は、世界中探してもそうそういないと思いますが、ある人の個性や嗜好のごく局所のみであれば、似た方向を持つ人は世界中にいると思うのです。つまり、全部が似ている人はまずいないですが、ちょっと似ている部分がある人というのは、この国にも世界中にもいっぱいいるのです。
だから、季節を扱ったり季節を印象づけるモチーフを扱ったりした曲として『雪』という歌が仮にあった場合、まるで似ていない音楽好きのふたり、たとえばヨシダさんとアオヌマさんが仮にいたとして、二人はぜんぜん似ていないけれど、ふたりとも『雪』という歌が好き(あるいは思い入れがある)という部分では共通している、ということは、言うほどのこともなくじゅうぶん起こりうるのです。
歌づくりというのは、そういう、好みや感性や記憶のトリガーが重なるごくわずかな隙間だったり針の穴のような局所を探す作業なのかもしれません。
雪 楽曲の概要など
作詞・作曲:吉田拓郎。よしだたくろうのアルバム『青春の詩』(1970)に収録。のち、猫にカバーされ、猫のアルバム『エピローグ』(1975)に収録。
猫 雪を聴く
ぽつぽつと跳躍するボーカルメロディがアカ抜けています。すごくおしゃれ。これを淡く、平静な気持ちで、かつ繊細に、軽やかに歌うボーカルが耳にやさしく気持ちよい、ここちよいです。
ポツっと聴こえるような、ミュートの効いた短くきれるスネア、チチチチ……とシックスティーンを出すハイハット、ド・ドド……と、まるで深々と積もった雪から一歩ずつ足を抜いてはヨタヨタと地道に歩いていくリズムを思わせるキック。ベースのプレーンな音が確かに前に進んでいく音形を繰り返します。
定常にリズム感を出すストラミングギターは、12弦タイプのものでしょうか。ワイドで華やかな鳴りをしています。これに、ひだりのほうからポロポロとしとやかなオブリーガードを添えるギターがきこえます。そちらはナイロン弦でしょうか。右のほうからもナイロン系の音がきこえるような気もします。また、右のほうからエレクトリックギターのスライドプレイ……ポルタメントするリードトーンがきこえます。ふわーと浮かぶ雪雲のような存在感です。
いずれのパートも、あまり自己主張を強めることがなく、主人公がここを訪れる何世紀も前から、さも現在のような雪景色であったかのような恒久さ、さりげなさ、平常さを感じさせます。
演奏、歌唱が曲想を理解し、的確に表現しています。猫というグループを私が好きな理由のひとつです。
吉田拓郎 雪を聴く
この音楽ジャンルはなんでしょう! と思わせる……ブラジル音楽のようなアプローチですね。フルートが右のほうから華麗にきこえます。雪のふわふわと舞う感じ……というよりは機敏です。雪から身を隠す、逃れていく小鳥のようでもあります。
ふわっとする雪のモチーフを写している感じがあるのはむしろビブラフォンだったり、半音階や順次進行でせり上がっては沈着するようなストリングスなどのパートでしょうか。
ナイロン系のアコースティックギターのリズムもまさにボサノバなどのジャンルを思わせます。ピアノもリズムに加担します。カツカツ……とドラムスの歌を立てるしゃれた脇役感も哀愁あるブラジルの心を伝える歌の伴奏……さながら。ベースはこうしたスタイルに沿う感じで、ホロウボディのアコースティックベースでしょうかね。
吉田さんの歌唱が若く青い感じが出ています。彼の音楽の幅広さ・底深さが、走り出したてのご本人のキャリアをはるかに凌駕しているような感じで、表現者・作家としての未知のポテンシャルが、まるで見通すことのできない降雪の最中のようです。
「雪」の景色だったり、主人公がついていきたいといっている「あなた」に及ばないほろ苦さ・せつなさのようなものを写しているからこそ、この淡く崩れ去ってしまいそうなほろっとした歌唱のニュアンスが合致しているともとれます。ブラジル音楽のようなアプローチが、ちょっと、ついこの間まで少年だった青年の背伸び感みたいなものを思わせもします。なんかそのへんがたまらんっ……と私に思わせるレコード(記録物、音楽作品)です。
吉田拓郎 雪さよならを聴く
後日談といいますか、『雪』のセルフカバーに、最後のコーラスの部分でしょうか、原作になかった歌詞がつきます。旅はつづいている……あなたの後を追う主人公という、追う・追われるの関係がみえる歌で、主人公の探求はいまだに終われていないのを思わせます。しんしんと降り止まない雪、その見通せない景色は、どうにも私を惹きつけ、どこに着くかわからない足を動かしつづけさせます。吉田拓郎さんは終わりなき音楽の世界を「面白い」とどこまでもいってしまう。そのずっと後に私をついてこさせるのを思うと、吉田拓郎さんの存在は楽曲『雪』における“あなた”であり、『雪』の主人公像、青く、至らない探求の道の途中のストレンジャーには私自身が重なります。
主人公像に、リスナーを重ねさせるというのは、大衆歌の構造の基本でしょう。冒頭に書いた、個性の異なる人どうしに見出す針の穴のような重なり、感性の共鳴する部分です。
吉田拓郎さん自身にも、後日談としてのセルフカバーをさせうるような楽曲『雪』が表現する、主人公とあなたの関係。“あなた”は、どこか遠く、いつまでも至ることのできない理想像のような存在に思えます。でも、やっとちょっと近づいたかな? と思うと、また降り頻る雪の向こうに、いつのまにか遠ざかって消えてしまう。もどかしく、だからこそずっと後を追わせる、惹きつけてやまない存在です。
さよならを言い忘れたまま、続く旅を思わせます。
青沼詩郎
『雪』を収録したよしだたくろうのアルバム『青春の詩』(1970)
『雪』を収録した猫のアルバム『エピローグ』(1975)
『雪さよなら』を収録した吉田拓郎のアルバム『ah-面白かった』(2022)
ご寛容ください 拙演 雪(吉田拓郎の曲)ギター弾き語りとハーモニカ