くちづけが怖い 久美かおりを聴く

作詞:なかにし礼、作曲・編曲:東海林修。久美かおりのシングル、アルバム『星のプリンス』(1968)に収録。

初々しく未知のものにたじろぐ乙女を描いているのでしょうか。久美かおりさんの歌唱は人生の階段を、一歩一歩体重がのるのを確かめながら……そう、石橋を叩いて渡る、は言い過ぎかもしれませんが……恋の進捗におそれをなし、慎重に望む態度をそのままに映したようでもあります。儚くて、そっと歌っている印象。やさしげでありながら、不安げでもあります。不安定とかそういうことでなく、「不安げ」な表現を成立させているバランス感が秀逸だと思うのです。

右のほうから聴こえてくる撥弦楽器が独特です。マンドリンのでっかいやつでしょうか。マンドリンで思い当たるサウンドは、私の記憶の引き出しではもうちょっと軽やかで高めの音域で、なんならトレモロ奏法をしているような印象が強いです。『くちづけが怖い』に使われている楽器が正確にはなんなのかわかりかねますが、独特のわびさびと奥行きある響きが楽曲全体のサウンドの方向性を導いていきます。

イントロの棹を握っているこの撥弦楽器の音色ですが、歌がはじまったあとも、オブリガードするなど独自の旋律を引き続きあらわにしており、ずっと「自分を持っている」感じがして絶妙です。久美かおりさんの歌唱を主人公とすれば、この撥弦楽器は主人公を導く、物語上重要な鍵を握るサブキャラというくらいな存在感を覚えます。

図:『くちづけが怖い』イントロの撥弦楽器が奏でるモチーフの採譜例。16分音符の細かい動きが心を乱します。細かい順次進行・同音連打、多様な音価、跳躍音程が含まれる音形をきれいに反復していく手の込んだ意匠を感じるイントロです。撥弦楽器のメロディが8小節目で和声音の階段を駆け上がると1オクターブ上にリーチし、“恋をしたけど”とアウフタクトでボーカルが入ってきます。作曲と編曲の複合的な良さを思わせます。

左のほうではフルートがオブリガード、要所でハープが絢爛な印象を演出。ワイドな音像感のあるストリングスもかぶさって劇的に主人公の気持ちのゆらめきを表現するようです。

撥弦楽器やストリングス、フルートやハープが乙女のこころの機微を表現しており私の注意の量の多くを引きつけるのに対して、ベーシックリズムが調和して、前に出てしゃしゃることなくハマっています。

ベースは確かな音の太さでアンサンブルを導いていきます。ドラムスがかろやかで、ハイハットのチチチチ……というエイトの刻みが情報量を占めます。キック・スネアの「ドンカン」主張するイメージとは程遠く、なんといいますかジャズを演奏するような力みのなさを思わせます。エレキギターのストラミングもいますが非常に奥ゆかしいです。が、確かにサウンドの空間の、ほしいところにきちんといる印象です。

編曲は作曲と兼任で東海林修さん。確かなバランス感と主題や久美かおりさんの演じる人格を正しく解釈した職人的な巧みさで堪能させてくれます。

“風は花びらを 口にくわえて つれてゆくの 見知らぬ世界へ 愛しているのに くちづけが怖い あなたが怖いの だけど とても好きなの”

(『くちづけが怖い』より、作詞:なかにし礼)

イントロから短調の響き、撥弦楽器のしんみりした寂れ感がにおいをムンムン立ちのぼらせるサウンドで、この世界に言葉の肉付けをするのが、独特の感化されやすい主格を思わせるなかにし礼さんの作詞です。

怖い、けど好きだと。

尊敬するものに、軽々と立ち入れない気持ちを思わせます。あるいは、神聖なものでしょうか。自分が影響を与えてしまうと二度ともとに戻せない原野、領域なども思わせます。踏み荒らしてしまってはいけない、自然原、雪原……そんなものを思わせます。

しかし、前に進むには、そこを行くしかない。いつかはどこかを通って、未来に行かなければいけない。

ずっとここで踏みとどまれるものなら、それをしてしまうかもしれない。ですが、いつまでもそのままの自分でいることは、誰しもできないのです。たとえば、この歌の主人公が、無知の少女のままでいられないのと同じように、私も歳をとります。変化は宿命。おそれは生きている者の特権。

青沼詩郎

参考Wikipedia>久美かおり

参考歌詞サイト 歌ネット>くちづけが怖い

『くちづけが怖い』を収録した『久美かおり/星のプリンス コンプリート・コレクション』(2014)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『くちづけが怖い(久美かおりの曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)