にこみ料理
うろ覚えのハナシを開陳するあいまいさをおゆるしくださいとはじめにことわっておきます。
鋼の錬金術師という作品があります。アニメも観たことがありますし、原作漫画を読んだこともあります。どっちではじめて知ったか忘れましたが、主人公のエドが、シチューを考えた人は天才だ、牛乳で野菜を煮込むなんて!……みたいな感じのせりふをいうシーンがあったと記憶しています。同意の気持ちを添えます。
煮込むとだいたいなんでも、一緒になってしまう。日本でいったら鍋料理。ゴールデンカムイ的にいったら「オハウ」でしょうか。闇鍋というのもあります。バンドマンは鍋をやれ!と推奨する声を知っています。仲良くなれるからですね。コミュニケーションが潤う。みんなで一緒の器の中でくたくたになったそれをわけあう事実が、場の者に魔法をかけるのです。
具材によってどれくらい煮込むかは考えたほうが美味しいです。根物野菜とか骨つき肉とかは長めに煮込んでよろしい。青い葉物なんかはサっと加熱がすんだら器にあげてどんどん食べましょう。長ネギは好みによって、パリっと白さがふんだんにのこっている程度の加熱具合で、薬味としての刺激を堪能したいか、くたくたに透き通ってやわらかく甘くなっているくらいが好きかが別れるでしょう。私は後者が好きですが、食べたあとの予定が休暇だったらもう口や胃がネギくさくなってもいいかなと思えるので白っぽい加熱の浅いネギも時には好んで食べます。
具は大きく切れば加熱に時間を要します。鍋の下拵えをする人に委ねられるセンスです。どの具材をどれくらいの大きさに切るかで、クオリティ・オブ・ナベが左右される可能性があります。
曲についての概要
作詞:斎木良二、作曲:徳武弘文。高田渡のアルバム『渡』(1993)に収録。ハウスシチューミクスCFソング。
ホントはみんな(アルバム『渡』収録、UHQCD)を聴く
泣けてしまいそうなくらいにあたたかい。なぜこんなにあたたかさを感じるのでしょう。高田渡さんの声のせいでしょうか。人生でいろんな局面をくぐり抜けてきた仙人(私が敬意を覚える年長者を形容する際の表現のひとつとご解釈ください)も、時間をつくってみんなで食卓をかこむ場に顔をみせてくれている事実にじんと来ます。
家族がいたら、毎日の食事の機会に会えて、食卓をひんぱんに一緒に囲めるかもしれません。でも世にはひとりで住んでいる人もたくさんいます。二人くらいいれば多少「囲っている」感が出るでしょうか。まずは「一緒」できる相手があること、関係があることがあたたかいのです。
高田渡さんの歌った曲には、たとえば、宿がないの?と思わせる“草に埋もれては寝たのです”(作詞:山之口貘)という表現が出てくる『生活の柄』という曲もありますし、『銭がなけりゃ』なんて曲もあります(生活の柄の歌詞リンク、銭がなけりゃの歌詞リンク)。今晩の住むところや、食う寝る着るためのゼニもないの?……という、人生のシビアな局面を私に思わせるレパートリーを複数持っています。だから、高田渡さんが『ホントはみんな』を歌うと、なんて甘美なのだろうと思うのです。こんな曲はこれまでの私の知る高田渡さんのレパートリーにありませんでした。
食卓を囲み「一緒」できる普遍もあれば、宿もなくさまよい地面に背中をつけて眠ったり、金銭に困窮するから郷へ帰ったほうがマシだと諭される(いずれも表現に私の歪曲が入っています)普遍もあります。『ホントはみんな』を聴いて、私は振れ幅にガンとやられてしまったのです。
おあつらえ向きすぎる。ただようヴァイオリンが品性を演出します。ストリングスとして集合音を用いられがちな日本の大衆歌の世界ですが、ソロで用いるとパーソナルで、親身な感じが出ますね。
ピアノのダウンビートがやさしい。ドラムスのパサっというブラシワークもやさしい(かしぶち哲郎さんの演奏です)。ナイロン系のギターのソロとりで食卓が束の間もりあがる空想を誘います。ペダル・スティール・ギターのアタックのやさしいこと、やわらかいこと。ふわふわとポルタメントする音程は、鍋のなかで煮込まれて食材が浮いたり沈んだり漂ったりする様子が映り込んだみたいです。
“もしもあなたが ひとりでも 知らないうちに ふと見れば 誰かが一緒に 歩いてる 一緒がいちばん あたたかい”
(『ホントはみんな』より、作詞:斎木良二)
ひとりで人生を歩む自由もあれば、誰かと世帯をシェアして共に生きていく自由もあります。そのいずれかをする願望はあれど、現実がその状態を外れることもあるでしょう。煮込み料理をひとりでやる自由もあるでしょう。人とかこむとよりあたたかい気がするのは……偏見か色眼鏡でしょうか。
自分の道をあるいていたら、気がついたらとなりに、まえに、うしろに、いろんな人がいて、その人たちをかけがえのない存在だと想っている。その人たちと、煮込み料理のひとつでもシェアできたら、それはいちばんあたたかいです。
和音進行とかいちいち小洒落ていて最高に気が利いています。この楽曲に高田渡さんという人選……実際の人選や制作の進捗や順序・プロセスは存じあげませんが……的を射てる感がありますね。シチュー、食べたくなります。ちょっとスウィングしたグルーヴよ、ごきげん。
青沼詩郎
『ホントはみんな』を収録した高田渡のアルバム『渡』(オリジナル発売年:1993)
『ホントはみんな』を収録した高田漣のアルバム『コーヒーブルース~高田渡を歌う~』(2015)。細野晴臣さんの『ろっかばいまいべいびい』を猛烈に思い出すイントロです。高田漣さんの土を感じる歌声。たったいま畑から採れた泥付き野菜みたいです。絶対ウマイでしょう、これでシチューつくったら。うたいまわし、和声と細部が彼のからだを通った『ホントはみんな』になっています。間奏はスキャット。たったいま、食卓だか居間で一席演じてくれているような、リスナーとの距離の近さ、アットホームを感じさせる素敵なトラックです。
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ホントはみんな(高田渡の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)