Yesterday The Beatles 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:Lennon-McCartney。The Beatlesのアルバム『Help!』(1965)に収録。

The Beatles Yesterday(2009 Remaster)を聴く

触れようとしなくても百万回触れてしまうくらい世界に伝播している傑作でしょう。あらためていすに座ってヘッドフォンで聴く機会というのも逆になかなかなかったです(不勉強でした)。

右にがっつり振ったアコギ、真ん中あたりからポールの声。左から弦カル。ひとつひとつのパートの線の輪郭があり、それでいて一本のギターのように調和している弦カル。美しいです。

1回目のコーラスの、ボーカルの音域がたかまるあたり(”something wrong,”……のあたり)でちょっとだけボーカルがダブルに。2回目のコーラスではダブルしないのが意外です。コンパクトな曲なので、1回目となんでも同じにしない引き算(足さない選択をする)ことで曲の景色が展開豊かになります。瑣末な点かもしれませんが、この世界最高傑作の美しさの「匂い」の粒子のひとつでしょう。

ペキペキと、アコギをつまびくストロークのアタック感と中低域の響きが感じられます。パーカッシヴなニュアンスがアコギで出ているのですね。打楽器やドラムなどのリズムがないぶん、ベースを強拍で出し、後を追うように8分音符のストロークを置いていくコード伴奏パターン。数多のバラードに応用が効くであろう伴奏パターンです。

イエスタデイのアコギはエピフォン・テキサンというギターで演奏されたものだそう。検索すれば画像がいっぱい出ます。なで肩が印象的なフォルムはギブソンJ-45を思い出させます(J-45は私も好きな楽器)。パーカッシブなリズムのキレや中低域などの響きの出方において、サウンド的にもJ-45と非常に近いキャラクターを感じます。「テキサン J-45」などと検索すれば、いかにこの両機が比較対象にされているかがわかりますが、テキサンのほうがひとことでいってスケール(弦長、ネック長?)が長いそうです。J-45よりも長いぶん、弦のパキッとしたテンションが保てて煌びやかさや響きの迫力を稼ぎやすいのかもしれません。特にポール好きには旧知の有名な楽器のようですね。

Yesterday(2023 Mix)を聴く

アコギとボーカルが真ん中付近に据えられました。アコギがやや左寄りでしょうかね。右にチェロ、左にヴィオラ・ヴァイオリンでしょうか。ストリングスが左右に開き、まんなかのポールの弾き語りを囲む設計です。アコギは低音が出るので、右のチェロに対して少しだけ左に振って離すことでバランスをとっているようです。

弾きながら歌うスタイルのミュージシャンの楽器と声で、がっつり定位を分けるかどうかはいつも問われるミックス時の判断要素だと思います。弾きながら歌っているのだから、たとえばそのギターなりピアノなりとメインボーカルの声は、なるべく近い定位に据えることがそのミュージシャンの本来の演奏スタイルに近づく音像設計であるわけです。ところが、ギターやピアノといった主たる伴奏楽器はメインボーカルと同じように非常に倍音豊かなパートですので、定位は離して据えたほうが当然ボーカルとの分離はよくなるわけです。そのミュージシャンの本来の演奏スタイルをより尊重したのが2023Mixのアティテュードだと解釈できます。少しだけずらしたアコギとボーカル、そしてチェロの配置のバランスが絶妙ですね。

一方で、複数のストリングスがひとまとまりになってひとつのパートを形成している点が2009Masterの気持ち良いところです。あちらはあちらで好き。2009Masterはボーカルが孤独に真ん中をほとんど占有しているぶん、『Yesterday』のほろっとせつなくさびしい、儚い曲想を尊重したミックスに思えます。

2023Mixは個別の弦の定位が離れているぶん、各々の動きがより掴みやすいです。「弦カル(カルテット=四重奏)」だと思いましたが、チェロを含めて2声くらいにしか分かれていない瞬間もあるように察します。もちろん弦カルだからといって最初から最後まで4声部に分かれた動きをしないといけないわけはありませんね(ユニゾンは常に大吉なのです……)。重なったストリングスパート間の空気・空間が2023Mixはより感じやすくなっています。

ヴァイオリンが最高音にまわってヒィーン……と音を保続するところなんか儚く繊細な空気が強調されます。ロングトーンでクレシェンドし迫ってくるヴァイオリンは2009Masterは力強く、2023Mixは繊細なキャラを感じます。ミックス違いでこんなに味わいが変わるものなのです。

イエスタデイ メロディとコードの魔性と学び

『Yesterday』歌い出し(ヴァース)のスケッチ例。

和声音に対して長二度上でぶつけた刹那に降りてくる、世界で最も有名な歌い出し(”Yesterday”のところ)。”far away”のところでも長二度上から和声音に降りていきます。このぶつかった非和声音の解決がものす緊張と弛緩の波が『Yestarday』が世界中の心を揺さぶる所以のひとつといえそうです。

2小節目の”all my”のところの和声とボーカルメロディの音程も捨ておけません。FからEに降りた根音に対して4度にあたるAの音程から始めて、3小節目のDmの和声的な解決にむかって臨時記号の梯子をかけあがっていく、悩ましくも滑らかなボーカルメロディ(天才かよ)。聴く人の心を横断する……昨日と今日の間に架ける梯子です。

『Yesterday』ブリッジのスケッチ例。

Eの根音上で、完全4度の音程にあたる引っ掛かった・あるいは浮いた響き(空虚な安定感)のするボーカルメロディはブリッジの出だし”Why she”……のところでも印象的に用いられており、こちらでもAコードを経由してDmの和声音に解決するのですが跳躍で至り、ヴァースと顔面の印象が違います。

ヴァースでは”Yesterday”……と落ち着いた冒頭1小節目の次に、一拍目を休符にして弱起で用いた完全4度の和声音程(ひとつ前の図参照)ですが、ブリッジでは強起(”Why”……)でいきなりこの響きへ突入していくのです。相似点のある和声の進行パターンをあてはめる位置を微妙に変えることで、コンパクトな曲の統一感を損ねることなく場面を転換していく妙技です。響きのかけひきで聴く者の心を揺さぶる魔性よ。

ポールと幸運にも直接関わった人は、みんな成長する(させられる)んだろうなと思います。いえ、こうして作品を通して関わる私もあなたも、それはきっと同じですね。

“昨日”は誰の心の中にもあるはずなのに、心の中にしかない虚しさを胸に生きるのです。儚いね。

青沼詩郎

『Yesterday』を収録したThe Beatlesのアルバム『Help!』(1965)

『Yesterday』の2023Mixを収録した“『ザ・ビートルズ 1962年~1966年』 2023エディション”。通称“赤盤”。

【参考書】

『ビートルズを聴こう – 公式録音全213曲完全ガイド』(中央公論新社、2015年、著:里中哲彦・遠山修司)

一曲一曲についてエピソードや感慨が対談形式で述べられており、軽い気持ちでその曲の部分だけをバラ読みできるガイド。世界的名曲『Yesterday』のレコーディングは、『I’ve Just Seen A Face(邦:夢の人)』(アルバム『Help!』収録曲)、『I’m Down』(シングル『Help!』B面曲、『Past Masters』収録)を複数回歌ったあとの同日におこなわれているとし、ポールの恵まれた”のどの強さ”に言い触れています。心底同意で、私がこの世で最もうらやましいボーカリストの1人がポール・マッカートニーです。

『ポール・マッカートニー作曲術』(2020年、ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス、著:野口義修)

『Yesterday』を序章に据え、熱量と愛で音形や和声、楽節の構造ほかについて徹底観察し解釈します。全音下げチューニングにしたギターでGキーのポジション(独自なコードの押さえ方)でオリジナルキーのFを演奏しており、omit(特定の和声音の除外)がなす空虚な響きが歌詞を演出すると解きます。作編曲・作詞家目線の、感服のビートルズ愛が詰まった著書です。

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『Yesterday(The Beatlesの曲)ギター弾き語り』)