電話線 矢野顕子 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:矢野顕子。矢野顕子のアルバム『JAPANESE GIRL』(1976)に収録。
矢野顕子 電話線を聴く
アーティスティックの最高峰、めちゃくちゃ良いバンド。矢野さんの繊細……といいますか、声量を抑えた歌唱がアンニュイな楽曲の表情を強調します。意中の相手と「通話すること」だったり、「電話」というモチーフはポップソングの定番だと思いますが、「電話線」とした着眼が良いですね。ケーブルを通して録音物やステージからリスナーや客席に降臨するミュージシャンらしい観点だと思いませんか。
和声の動き、リズムのフックがもうとにかく変態的なのですが、非常に「わかりみ」なのです。独創的な楽曲や演奏表現を追求するならこういう方向にやって欲しい! という私の潜在願望を見事にやってくれている。「奇の衒い方に品がある」なんて言ってしまってはそれこそ品のない寸評ですが、極めて理性的かつ本能的な音楽の導き、そう、「電話線の道しるべ」を感じます。
たとえば「タララッタララ……」などとスキャットめいたフレーズを浮かべそれに続けて「あなたの耳へ」と歌い、段落をシメるところ、八分の九拍子になっていると私は解釈します。なんだこのわずかな余剰。それをきっかりキメる矢野さんのピアノアンドボーカルとバンド面々。針の穴に糸を通すような緻密なグルーヴとコントロールと、ワイルドなお祭り騒ぎ的熱量を両立しているのです。化け物だ!
調性を逸脱していく自由さと、調性の秩序への回帰のバランス感が素晴らしいのです。1分10秒頃からの流れ“そのかわり 暖かな歌を うたってあげるから”(『電話線』より、作詞:矢野顕子)のリズムと和声の移勢や変調のすえ、1分23秒あたりでEメージャーの和音に解決する浄化感など見事で私の好きな『電話線』のハイライトシーンです。
「やまぶき色」「すみれ色」「とびうお色」「アネモネ色」と、固有の色彩感覚をまきちらす言葉遣いも奔放で印象的です。私のわびさびや教養不足のせいでそれぞれの色がどんな機微や表情を孕んだ語彙なのか一瞬では想像しきれませんが、世界をつくる自然や人工の観察した通りの様態に美しさを見出す感性を覚えるのです。
気持ちの良いねじれ・よじれをたくさん含んでいます。ポップソングを超越せんばかりの独創性なのに、これは音楽の専門家でもなんでもなくて、だたこの世界にぽんと生まれ落ちただけの私やあなたに歌っているポップソングなのです。そう思わせるのは、リズムや和声の変調が生じる不安感と、帰結による緊張の解決へと向かう「意志」が通っているからでしょう。ポップソングであろうとする理性が同居しているように思うのです。
それでいて、放り投げるみたいにどっかへ行っちゃう達者なフェイクめいたエンディングのキメ。つくづくリスナーを揺さぶってくれます。矢野顕子さんと彼女が率いるバンドの天才ぶり、その序章を印象付けます。
観念電話線が、あなた、わたし、誰かを結んでつながっているのです。
青沼詩郎
参考Wikipedia>JAPANESE GIRL (矢野顕子のアルバム)
『電話線』を収録した矢野顕子のアルバム『JAPANESE GIRL』(1976)