時が止まったままの君、記憶と夢の交雑した夏みたく。

釣りに行こう THE BOOM 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:宮沢和史。THE BOOMのアルバム『サイレンのおひさま』(1989)に収録。1990年に異バージョンをシングル発売。

THE BOOM 釣りに行こう(『サイレンのおひさま』収録)を聴く

少年時代の夏のまどろみがそのままパックされたような「日なた」の空気感です。

ポロポロとナイロンギターのアルペジオが降りかかります。ドラムスがハイハットで細かく刻むことがないので、ギターの出す分割がリズムの肝です。

リズムの割り方の表現の役割ではコンガがギターと同じくらい比率を占めます。

ギターは繊細なアルペジオの響きを感じさせる一方、ドンと低音が出てもいます。クラシックギターらしいボディのふくよかな響きです。1コーラス目のサビに至るまでは、低音ももっぱらギターが担っています。ビブラフォンがいたら相性が良さそうだなと私に妄想させるふくよかさです。

サビに至るとベースが出てきます。ワンコードに対して1回のストロークを重んじたおおらかな打点で「日なた」ののんびりとした雰囲気を邪魔することなく音の厚みを膨らませます。ドラムスの熱量もサビで上がってきますが、スネアをオープンで打つなどする即物的な熱量の上げ方ではないのが「心得ている」と思わせます。

「恋愛」でなく、「思い出」や「記憶」「回顧」をバラードらしく美しく歌い上げるバンドのレパートリーって案外貴重ではないでしょうか。

2メロからはチェロのボウイングが目立ってきて、The Beatles『Eleanor Rigby』や『Yesterday』のようなサウンドを思い出させます。チェロの保続音を聴くと不思議としっとりした気持ちになります。

チキっとタンバリンが鳴り、トライアングルが泣き所を押さえます。サビに入るところのサスペンデッドシンバルなど、彩り豊かなパーカッションづかいの緻密な構成が聴きどころです。

ハーモニカのフラットする音程のブルージーな表情に機微がありますし、まっすぐに澄んだ音色でメロディを奏でており名手ぶりがうかがえます。時折ハンドビブラートのようなゆらめきを感じます。

途中でボーカルにかぶって複数の音程を同時に鳴らすプレイが出て来るところは「ハーモニカ」ではなく鍵盤ハーモニカでしょうか。ソロと歌のバッキングで使い分けている感じですが、最後の最後のサビで「Ah ha~」と歌うボーカルにかぶってくるところは鍵盤ではない「ハーモニカ」か。細部の機微が私の耳を引きます。

宮沢さんの歌唱は陽が差すように強い響きが出たり、翳ったり擦れたようなブルージーな質感を帯びたりと表情が豊かです。息のコントロールに繊細に反応する楽器であるハーモニカと親和するのにも頷けます。歌うようにハーモニカを吹いたり、ハーモニカを吹くように歌ったり、ですね。

歌詞 寄り添う二人

十何年前はまだ 君より小さくて 君のアゴのほくろをいつも見上げてたんです

君はといえば 泥んこになって こうもりの子守唄 朝も夜も昼寝

目が覚めたら君は うそばかりついた

その度だまされたふりしてた

(中略)

釣り竿にぎったまま 君はまた昼寝

魚がひいているのに 今日も知らん顔

僕も君の真似して 目を閉じてみたけど

なぜか眠れないんです 柳がくすぐるんです

大人になってもう一度 あの川へもどれば

まだたぶん 君は眠りの途中

『釣りに行こう』より、作詞:宮沢和史

主人公と君の関係が限定しきれませんし、ふたりのそれぞれの人格もなんだか余韻があります。現実の想い出を歌っているようにも思えるのですが、「柳がくすぐる」の擬人的な表現など、どこか皮一枚のところで夢を見ている、シュールだったりナンセンスだったりの「まぼろし」を観ているような気にもさせる不思議な歌詞です。読み筋が広くて、飽きが来ません。いつの時代の何を描いているのか? 登場人物の思念や感情はどのように流れている・流れていくのか? 多様な想像を喚起させるところは、大衆音楽で商品としての「歌詞」であることよりも、「詩」としての尊厳を感じるところです。

主人公は君の真似を試みること、また、おそらく主人公よりも君のほうが身体的に(?)大きいようであることなど読み取れる客観的なヒントもあるにはあり、君は主人公よりもいくぶん年長者であったり、少し先を走る者であったりするのを思わせます。主人公は「君」のフォロワー(ついて行く者)のようにも見える瞬間がある他方、君の嘘にだまされたふりをするなど、どっちがリードするというよりもお互いに寄り添い合う仲であるのを想像します。

釣り仲間の二人

釣りに行こう 釣りに行こう 梅雨があけたら迎えに行くね

釣りに行こう 釣りに行こう いつもの場所へ迎えに行くよ

『釣りに行こう』より、作詞:宮沢和史

夢・まぼろしと記憶や思い出が交雑したような不思議な情景描写は“釣りに行こう”のリフレインで昇華されます。二人の関係や人物像は絞りきれませんが、釣りという行いだったり、釣りをする場所が二人にとっての接点であることが、確かさと強度を持って永遠の夏のように轟くのです。

釣りをする目的は何も、魚を釣り上げる「成果」を至上のものとしないでしょう。自然の空気を吸ったり、景観を楽しんだりすること。望む相手と、ゆったりと流れる時間を共有することがむしろ釣りをすることの真なる恩恵かもしれません。あるいは単独でする釣りであらば、その孤独な時間にこそ尊さと価値があるでしょう。

早起きして、日が昇る前に遠くの釣り場に着くように出かけて行ったり、「朝マズメ」と呼ぶ、よく釣れる時間を味わうために釣りの日に早起きはつきものです。日中、竿を握ったまま眠くなってしまうのもさもありなん。

「君」と「僕」、二人の登場人物がいるようにも解釈できますが、ひょっとしたら異なる時代の同一人物なのかもしれないし、そもそも擬人化した何かが「君」や「僕」なのかもしれません。

青沼詩郎

参考Wikipedia>釣りに行こう – サイレンのおひさま

参考歌詞サイト 歌ネット>釣りに行こう

THE BOOM ソニーミュージックサイトへのリンク

宮沢和史 公式サイトへのリンク

『釣りに行こう』を収録したTHE BOOMのアルバム『サイレンのおひさま』(1989)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『釣りに行こう(THE BOOMの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)