期待はずれの人 THE BLUE HEARTS 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:甲本ヒロト。THE BLUE HEARTSのアルバム『STICK OUT』(1993)に収録。
THE BLUE HEARTS 期待はずれの人(アルバム『STICK OUT』CD収録)を聴く
「ダカダカダ!ンッチャー」のリズムが肝要なモチーフです。16分割で刻んで、休符を利かせて跳ね上げのリズム。率直にバンドって楽しいと思わせるシンプルですがこの上ないモチーフです。ミュージック・ラバーかつ音楽生産集団である彼らの性質を思わせます。どこかでこういうリズムのシンプルなメリハリが魅力的なロックに、私は出会っている気がします。それは具体的な例を挙げればローリング・ストーンズだったりあるいはもっとほかの何かだったりするのかもしれません。実際にブルーハーツが何をリファレンスにこの曲をつくったか知りませんし、あるいはリファレンスが実際は特にないのかもしれません。
ドラムスの存在感が神がかっています。ヘッドフォンで聴いていると脳内全部が発音体になって共振させられている気分になります。「流暢」の真逆を行く、突っ込んだアティテュードあるシビれるドラムです。
ベースもよく動く特徴的なプレイで、そこあけるんだと私に思わせる休符づかいだったり奔放で天真爛漫な動きだったりをみせます。
妖精のようなベースプレイとは好対照に、ギターはソリッドでタイトです。漢とかハードボイルドという単語を連想させます。事実を淡々と伝えることでヒトの感情や思念を鑑賞者に想像させる……まさしくハードボイルド小説の体裁が音楽に転生したギターだ! と私を発奮させます。左サイドがルートと5度中心の低めの音域のロックンロール的なバッキングで、右サイドのギターが音域的にやや上の方の和声的な広がりを演出するリズムギターです。
クワーっとオルガンが欲しいところにパスを出してくれます。名ミッドフィルダーかよ。ミッドフィルダーって果たしてそういう役割だったかどうか知りません、スポーツに私は疎いくせに謎の喩えをしてしまいました。ブルーハーツのオリジナルメンバーのサウンドに最も「なくてはならない」アディショナルプレイです。
カチっとした16分+跳ね上げのリフがオープニングなど要所をキメているのと対照に、曲中は案外自由というか遊びのある動きにバンドが興じています。サビ前で上行音形でわくわくさせる展開。先にも述べましたが、ギターがかっちりしているぶんベースが自由でドラムは突っ込んでいてボーカルは「期待はずれの人」という主題をシンプルにリフレインしている。この「メンバーそれぞれ」なバランス感が非常にハマっているというか、ある意味「はずれ」ている気持ちよさがあります。
歌詞
君が僕をつまんで引っ張ってるけど おもちゃじゃないから伸びない 笑っているけれど 楽してるふりだけ 期待はずれの人 期待はずれの人 期待はずれの人 期待はずれの人
『期待はずれの人』より、作詞:甲本ヒロト
本人の意思とは別に、同年代が集団生活を強いられる環境で、誰かが誰かをいびるとか、からかうとか、一方的にネタにするとかいうシチュエーションは日本でも世界でもたとえば学校生活で起こりうることでしょう。とてもほほえましいとは言い難い、私の嫌いなテのシチュエーションです。全然面白くないよソレ、という。
そういうシチュエーションを描いているとは限りませんが、私にそれを想像させます。
“笑っているけれど 楽してるふりだけ”の表現がユニークです。おもちゃにされて、笑いながら「やめて」といっているけど、怒っていいよその状況! という想像をさせるのですが「楽してるふり」はちょっとほかの広まりも想像させる言語タッチです。
笑って楽しそうにしている、苦痛がないように見える人でも、実は努力していたり負担に耐えていたりします。シチュエーションを限定できません。シンプルな言葉や描写で鑑賞者の想像性を刺激するのがブルーハーツ作品の素晴らしいところです。
やっているふりをしたりうなずくふりをしたりしつつ、本心では合意するでもなく否定するでもなく「回答する」・「態度を決める」のを受け流しておいて、自分は自分だから、人の決めたようにはならない。あなたの思い通りにはならないよ、だっておれはおれだからねという自律を思わせる「期待はずれの人」という主題フレーズ。
そもそも「うなずき」にそれほどの強い意思や意図が込められていないことへの皮肉のようにも思えるから痛快です。万バズとか何億再生とか知らねーよ、その数字がなんなんだよ、クソみてぇなカラッポのうなずきじゃねーか、と悪態つく私が顔を出します。もちろんブルーハーツがそんなことを意味したのでも示したのでもありません。性根のひん曲がった私が勝手に錯乱しただけです。数字こそが最も雄弁で信頼できるものだとも思います。その数字の裏にある真実を読むべきです。単なる情報としての数字にどんな価値を見出すかこそが資源です。
九つまで数えて とめてしまうよ
『期待はずれの人』より、作詞:甲本ヒロト
期待はずれの人という主題に沿って、連想し遊んだ茶目っ気を感じる展開です。大サビ:Cメロとまで位置付ける必要もないかもしれませんが、「ヴァース・コーラス」の秩序のななめ上に浮遊する1行だと思います。
そこまで行ったら期待どおりにしてくれよ……! と心で叫ぶ私。そこまでやっておいて(九つまで数えておいて)も、他人の期待通り(十を数える人)になんかならないもんね……というあえてのフリ。これはさすがにちょっと冗談が混じっているでしょう。その意思がなかったら九つまで数えることは通常はあまりしないはずです。ちょっとわざといじわるしているようでもあります。あなたにとって主人公が期待外れであることを、わざと極端な例で間違いなくわかってもらうために誘致したようなフレーズです。
からかう側は、相手が嫌がるのをわかっていてやるはずです。嫌がる反応を面白がるのでしょう。だからからかわれている人が笑っていても、嫌がっているのを知っているはずです。嫌だけど平和的(あくまで「的」でしかないのですが)に過ごしたいから、からかわれた人は取り繕い、笑っている。あるいはどこまでやったら本気で怒るかの境界探査自体を面白がってからかうのでしょうか。どの程度のことをしたらどんな反応が来るかについての未知数に「期待」して、からかっているのでしょうか。
ばかばかしい、他人に期待なんかしている暇はない。私は私のための十を達成するのに人生をかけているのです。誰だってそうでは?
青沼詩郎
THE BLUE HEARTS 徳間ジャパンコミュニケーションズサイトへのリンク
『期待はずれの人』を収録したTHE BLUE HEARTSのアルバム『STICK OUT』(1993)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『期待はずれの人(THE BLUE HEARTSの曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)