Michelle The Beatles 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:Lennon-McCartney。The Beatlesのアルバム『Rubber Soul』(1965)に収録。
The Beatles Michelle(Remastered 2009)を聴く
独特の鬱屈があります。フランス語が印象的です。今回聴き直す前にもビートルズの世にも美しい曲の一つとして強い存在感を放つ曲でしたが、冒頭のヴァースのところがフランス語だったと気づきませんでした、お恥ずかしながら。いかに日頃自分が細部や具体を聴き流しているかを思い知ります。そういう聴き方ももちろん音楽の主な楽しみの一つだと思いますからいいのですけれど、聴き流すのと集中して聴くのはセットでするのがその楽曲に対して最低限度の鑑賞の強度を持つ手段かもしれません。
アコギの名フレーズのひとつがここにあります。右寄りに定位していますが左に振られたアコギもいますね。Fmのコードから、ベースはキープしたまま主音を半音ずつ下行させていきます。メージャーマイナーセブン、マイナーセブン、マイナーシックス、マイナーシャープファイブと経由してドミナントに接続し「Michelle……」という記憶に残る歌い出し。固有名詞としても最も有名な人名のひとつがMichelleではないでしょうか。聖書の天使の名前もミカエルですよね。
belleは美しいとかそういう意味ですよね。美女と野獣のヒロインがベルです。その意味からとられた人名かと思います。
間奏のフワフワと浮気して漂っていってしまうような独特のコンプ感ある粘りがあって太いギター類の音色。音域がよくあるギターソロの音域より1オクターブ低いくらいに感じますが、この音色がフヨフヨしているあいだ、ベースはベースでちゃんと強拍とコードの主要な構成音を打っています。ベースのハイポジションっぽくも聴こえる音色ですが、あくまでリードギターでジョージの演奏でしょうか。あるいはベースのダブリング? だとしたら珍しいです。ライン録りの音色を直接眼前に流したような「近い近い!」とのけ反りたくなる、へばりつくような独特のホラー味があるサウンドです。アコギのマイナーやディミニッシュの感傷的で繊細な響きと相まって、「こわさ」を感じる審美センスなのです。
私は「エリナー・リグビー」とかにも感じるのですが、ビートルズのサウンドや楽曲のセンスって独特のおどろおどろしいこわさがあります。ブラックジョークに長けた人特有のナンセンスやシュールの感覚でしょうか。笑って、たばこに火をつける感覚で家屋に火をつける感じのブラック感です(そちらは楽曲『ノルウェーの森』の極端な私的解釈ですが)。
『Michelle』の詞の内容については恋、対象の美しさに嘆くシンプルなものだと思います。その嘆かわしさがひしひしと伝わってくる繊細な撥弦楽器の響きです。
うぅーーm……というバックグラウンドボーカルの音色も、真っ直ぐでジェントルな発声だから余計不気味です。蝶ネクタイしたちょび髭の正装の男声がサシミ(正面にむかって斜めになって立つことで合唱団員どうしの肩がぶつかるのを避けて圧縮してステージに立つこと)になってハーモニーしている感じのコーラスが不気味なのです。ここでいう不気味は美しいの意味。
このアコースティックな響きにドラムが完全調和をみせます。いるのに存在感を消しているのがかえって凄みです。キックの低域はよく出ていて、あきらかにサウンドの地盤を担っているのに、「いる感じ」がしない。背後霊、守護霊みたいな。構成の変わり目のアタマとかでもシンバルをバシャーンとやったり全然しません。ひたすらにキックの定型パターンと2・4のスネアのリムショット。ハイハットの抑制が効いていてかするようなチッと短い音で、これもまた「いたんだ」という感じがしてぎょっとしてしまう演奏美です。
嘆かわしいトーンが曲に通底していますがミドルのところのI love you × 複数回の部分はボーカルの熱も高まります。コピバンやる人は歌って特に楽しい盛り上がりがあります。ちょっと通なコピバン、カバーにも好まれる曲ではないでしょうか。
フェード・アウトでおわってしまうのも、この曲にいつまでも終止符が打たれないのを象徴します。ため息って、浄化・解決されてしまったらただのハッピーエンドのドラマになってしまいます。そうじゃない。ずっとため息ものの美しさが永続しているのです。それがMichelleさんの美しさそのものなのでしょう。
青沼詩郎
『Michelle』を収録したThe Beatlesのアルバム『Rubber Soul』(1965)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『Michelle(The Beatlesの曲)ギター弾き語り』)