あの娘のビッグ・ウェンズデー 伊藤銀次 曲の名義、発表の概要
作詞:康珍化、作曲:伊藤銀次。伊藤銀次のシングル、アルバム『WINTER WONDERLAND』(1983)に収録。
伊藤銀次 あの娘のビッグ・ウェンズデーを聴く
車があるレジャーの隆盛を思わせます。いい時代です。もちろんいつの時代もいいところがあります。
1983年ってどんな時代だったのでしょう。高度経済成長の円熟? バブルがはじける前? 私は1986年生まれなので自分の体で、知覚では当時を知りません。これくらいの年代に働き盛りで、自分で稼いだお金を自分で自分のために使えるような世代だった人の青春の謳歌を彩ってくれるのがたとえばこうした伊藤銀次さんのグッド・サウンドだったのでしょうか。ほろ苦さも甘酸っぱさもくれます。
その時代を思わせる音楽かもしれないけれど、いまこうして聴く私にそうした時代を、物語を思わせてくれる。時代がいつなのかはある意味関係ありません。音楽はそれをパックして飛躍した時代に届けてくれます。音楽を鑑賞していていつも思うことです。
シンセベースでしょうか、ズンズン……と恒常的にエイトビートを鳴らします。これにドン、ダス! と安定したドラムが接合。
ドラムのキック・スネアを雄弁に彩るのがパーカッションです。カスタネットが高らかに青春を謳います。リン、と鈴の音色も絡みます。サーフィンがモチーフだけど、冬の歌なのですね。タンバリンもシャンシャンとサウンドの歯切れのよさを添えます。ドラムとベースのビート・リズムがシンプルで、パーカッションの豊かさで華が出ている構図です。
伊藤さんのボーカルのダブルのサウンドが、あたたかくもつめたくもあります。この曲をエンディングまで聴いて欲しい理由のひとつに、エンディングでセンターのボーカルがフェイクをとりはじめ、両サイドに振ったボーカルがメインのコーラス(サビ)を執り、ハーモニーを豊かに出し始めるところにあります。エンディングではじめてこのサウンドの構図が出てくるのです。そしてフェイド・アウトの処理で、青春の真空パックと今この瞬間の鑑賞者の現実をクロスさせます。
前段にも書きましたが、サーフィンは夏を思わせるモチーフでもありますがこの曲は冬の歌なのです。もちろん、もっぱら暖かさ・保温に特化した装備で、冬に及んでもサーフィンを楽しむ人もいるでしょう。
『あの娘のビッグ・ウェンズデー』は、サーフィンを冬にまで楽しむレベルの登場人物、少なくとも中級以上であるのを思わせます。もちろん初級者が冬にサーフィンを楽しまない理由の説明にはならないので、私の勝手なイメージですが……
それなのに、サーフィンはもうやめにしてしまうようなのです。このサーフィンとの決裂は、君の人生の次のステップへの移ろいを象徴しています。この青春の刹那さが伊藤銀次さんの幅広い楽曲のなかでも、サウンド、作風のひとつの特長でしょう。
君の人生の次のステップに、主人公は寄り添いきれないほろ苦い味わいがあります。一方で、主人公の影は『あの娘のビッグ・ウェンズデー』においては薄く、あくまで君の描写に終始している印象もあります。あまり自分(主観)を出していない。あくまで君の青春のステージの移ろいを描いているのです。
サーフボードを、もう金輪際置いてしまうこと。そのことと、冬という季節。肌寒さ。
前段にも書きましたが、サーフィンというモチーフは私にもっぱら夏を思わせます。でも『あの娘のビッグ・ウェンズデー』では、冬のモチーフとして扱っている。独特の、ちょっと一歩ひいたような、冷めた温度感があるのです。それは客観の権化でもあります。あくまで「君」のことを、あまり自分(主観)を前面に出さないかたちで描くクールな趣が『あの娘のビッグ・ウェンズデー』の魅力的なところです。
So Long 中古のワーゲン あの娘は So Long 渚の外れで 手を振る 君にもう会えないね 大きな次の波を つかまえるのさ So Long あの娘のビッグ・ウェンズデー Don’t be Afraid So Long あの娘のビッグ・ウェンズデー Someday Again
『あの娘のビッグ・ウェンズデー』より、作詞:康珍化
波は、好機、チャンス、機会を象徴するモチーフです。でも、おそらくそれをサーフィンという活動の中で君はキャッチするのではありません。次の青春のステージで、「サーフィン」以外の何かしらの活動において、君は波をつかまえるのでしょう。
卒業を機会に、君は一度はサーフボードを置きます。でも、「Someday Again」が、主人公の目に触れるステージにいつか君が戻ってくる可能性、希望を示唆します。そのステージは、再び「海」かもしれません。戻ってくるというか、単に、君が波(機会)を追い続けた結果、人生の舞台(場:「ば」)が再び、かつてクロスした場と重なるかもしれないというだけの話。それが夏であるか、サーフィンであるか、冬であるか、海であるかは、みんな「たまたま」で良いのです。機会も場も、すべてが君のものなのですから。
青沼詩郎
『あの娘のビッグ・ウェンズデー』を収録した伊藤銀次のアルバム『WINTER WONDERLAND』(1983)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『あの娘のビッグ・ウェンズデー(伊藤銀次の曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)