夜よ、明けるな 友部正人 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:友部正人。友部正人のアルバム『奇跡の果実』(1994)、シングル『夜よ、明けるな』(1995)に収録。
友部正人 夜よ、明けるな(アルバム『奇跡の果実』収録)を聴く
翼もないのに飛ぶこと覚え
夜の物干し台にたたずんでいる
命がけで飛ぶつもりなら
夜よ 明けるな 君のために
夜よ 明けるな 君のために
『夜よ、明けるな』より、作詞:友部正人
ビートルズのLet It Beみたいなきれいなほろっとするバラードだなと、表面の質感からはさらっとそんなことを思うのですがそこは詩人の名にふさわしいと私が推す友部正人さん、歌詞の描く思念に心を寄せるほどに……主人公の愛着の対象と、その人が抱く自殺願望の詩に思えて仕方ありません。
だが 君は帰って来ない
夜道をぼくは帰ってきたのに
君の窓明かりは消えたままさ
月はあんなに明るいのに
『夜よ、明けるな』より、作詞:友部正人
翼もないのに、君は飛んでしまったのか? 人生に終止符を打つことだけが、時間が止まる唯一の方法です。一人ひとりに固有の時計があって、その人の所有するたったひとつの時計が止まるのにすぎないのです。
「月はあんなに明るいのに」。そう思えさえすれば、飛ぼうとすることもないのに、月の明るさを見ようとしないことには、その神々しさに、美しさに気づくこともない。ふと見上げる機会を得て、夜空の神秘と美しさに気づき人生を肯定できた人はただの幸運なのか? 誰にでもその権利があるのじゃないか。
ぼくが持ってる一番高価なものを
君の笑顔と取りかえたい
日々はぼくの大好きな君の笑顔を
波の彼方に置き忘れたようなのだ
『夜よ、明けるな』より、作詞:友部正人
命を護るために代償になるべき等しい重さを持つものは命にほかならないのではないでしょうか。君の命を護るなら、差し出さねばならない「ぼく」の持っている一番高価なものは……車でも時計でも家でも足りない。きっと一人の命の重みなのでしょう。
すべてをなげうって我が元に来て、渾身の一声をかけてくれる。君にとっては、そんな程度のことが「命」ほどの重みを伴って響くこともあるかもしれません。言葉は重いのです。それと重ね合わせに、言葉は虚ろで、軽薄で、哀しい。詩にはすべてができて、詩は無力です。
悲しみを石に変えてくれ
海の底に沈めたいから
海の底で揺れる美しい藻は
いいかげんな言葉をまだ知らない
『夜よ、明けるな』より、作詞:友部正人
海は遠くて、人の些事と隔たりのある特別な場所なのかもしれません。そこに悲しみをおしかためてしまったとして、何もなかったことになるでしょうか。答えはある意味イエスで、認知できないものはないものに等しい。無情にいえばそうでしょう。それで、君のかなしみが浄化されるならそれでいい。
いいかげんでない言葉とはなんなのでしょう。それを知らないのは純粋無垢な存在でしょうか。ぼくや君が、かつてそうだったかもしれない。いまは、もう、いいかげんな言葉をたくさん覚えてしまったのでしょうか。
夜が明けてしまっては、いいかげんな言葉の誘うほうに最後の一歩を踏み出してしまう。だから、夜よ、明けるなと。
青沼詩郎
『夜よ、明けるな』を収録した友部正人のアルバム『奇跡の果実』(1994)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『夜よ、明けるな(友部正人の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)