漫画とかそれを原作にしたアニメの登場人物の戦う姿にときたまグっとくるのは、作家の自己格闘の顕現だと思うからです。そこに鑑賞者である私自身だけが知っている私自身の「格闘」の積層が重なるのですね。形や対象はどうあれ、誰もが戦士みたいなものなのです。

残響散歌 Aimer 曲の名義、発表の概要

作詞:aimerrythm、作曲:飛内将大。Aimerのシングル(2022)、アルバム『Open α Door』(2023)に収録。テレビアニメ『鬼滅の刃 遊郭編』主題歌。

Aimer 残響散歌を聴く

Aimerさんのアーシー(土っぽい味わい)かつ甘美で柔和な独特の声。繊細でかつ抑揚があります。高い音域にいっても耳ざわりの柔和さがむしろ増して思えるくらいです。声区をまたいでヒュっと抜くようなコントロールの瞬発的な機微を感じます。サビの歌詞“声よ 轟け 夜のその向こうへ”などのフレーズの、上にヒュっと跳躍する音程のところなどですね。

ざらざらした独特のこすれたような質感もあるのに、絹のようななめらかな質感も併せて感じます。低いところは胸声とでもいうのか深く精神に沈み込むような響きから、高い音域は夜明けに向かって切先を貫くような鋭い響きまであり実に多彩な歌唱です。シンガーの資質としての声の魅力を思う時に、Aimerさんは参照したい存在ですね。

『残響散歌』より、サビ頭のボーカルメロディの採譜例。はみ出さんばかりにアグレッシブなバンドの演奏とは対照的に、メロディ自体は和声音に従順で調和した旋律です。図中、丸で囲ったノートが声区を超えるフィール(実際どうかは別として)で清涼感が薫るところ。

Aimerさんの公式サイトのバイオグラフィに“15歳の頃、歌唱による喉の酷使が原因で突如声が出なくなるアクシデントに見舞われるも、数年後には独特のハスキーで甘い歌声を得ることとなる。”と記載されています。クリティカル(危機的)なハプニングをきっかけに、自身の資源に激変が訪れることがときにあるようです。あなたにはそんな経験ありますか?……私はどうだろうな。まあ色々あるでしょう(濁す)。一度、髪型を丸坊主にしたらそれまでまっすぐだった髪質が天然パーマになってしまったなんて話を過去に聞いたことがあります。本当かどうか知りません。しょうもない話をAimerさんの唯一無二の歌声にかぶせてしまって申し訳ない……とにかく、どんなハプニングやつらい経験も、その後の未来に及ぶ自身の資源とするのか、首を絞め続ける負債としてしまうのか? すべてが己の努力次第と言っていいほどに簡単な話でもないでしょうけれど、ハプニングや辛い経験を乗り越えた人の表現にはそれなりの「テクスチャ」が味方するのです。

『残響散歌』のサウンドの印象は手前に感じる平面の輪郭と奥への広がりを感じる轟音です。ピシャンピシャンとピアノのイントロが熾烈。4拍子に入る前に3拍子の小節が3小節程度くっついた感じでしょうか。あくまで4拍子の中での移勢とみても拍が余ってしまうのでそう解釈してみます。

ドラムがまた轟音。爆裂しています。千手観音のような手数、「手」だけでなくキックをまじえたフレージングがまた苛烈。4つ打ちでぐんぐん押し出す。定型の繰り返しでバッキングに溶け込む瞬間がほとんどありません。常に何かを起こしている。ハナのあるドラムです。

ベースの音は輪郭をザリっと強調するというより、奥や低いほうへの広がりを重視したような協調するサウンドです。2コーラス目ではスラップっぽい感じのエッジのある音色・奏法も交えて、リスナーの意識の表層に浮かんでくる瞬間もあります。

ドラムを中心に、ピアノ・ベースの隊士が入れ替わりながらヒットアンドアウェイしてくるようなめまぐるしく動きの多いアグレッシヴなアレンジです。

バンドのすべての質量感やテクスチャを抱きこみ、統率し抱えあげるAimerさんのリードボーカルが複雑で奥深い。すべてのバンドの音のすきまに浸透する水のような清らかさや滑らかさ。水面はキラキラと照り返し輝かしい。夜の星みたいにロマンティックでもあります。

“誰が袖に咲く幻花 ただそこに藍を落とした 派手に色を溶かす夜に 銀朱の月を添えて”

“ただ一人舞う千夜 違えない帯を結べば 派手な色も負かす様に 深紅の香こそあはれ”

(『残響散歌』より、作詞:aimerrythm ※Aimerさんの作詞名義)

音読みというのか、耳への響きが独特なことばづかいがヴァースに躍動します。洋楽っぽいというか。日本語の意味をヒアリングする能力に幅のある群衆に対して満遍なく確実に伝える丁寧さよりも、スピーディにめまぐるしく目線の先をかきまわす、撹乱する響きを重視して思える作詞はまるで“鬼殺隊”の面々が鬼どもと戦う様子の転写です。主題のアニメ・漫画原作への尊重と、Aimerさんの個性もバチバチ戦って華を散らしたみたいな作詞がアグレッシヴな趣ですね。

たとえば外国人が日本語の漢字の見た目をカッコイイ!と思うこと。日本人が英語の歌を聴いて意味は理解しておらずともパフォーマンスがリズミカルでエッジーでカッコイイ!と思うこと。これに似た刺激を、日本のアーティストのAimerさんが日本語の歌でやってのけたような感じです。“銀朱”や“幻花”といった語彙を日常で使う人は稀といいますか、ほぼ皆無ではないでしょうか。そもそもaimerrythmが考案したオリジナルの言葉なのではないかと感じるほどです(※)。作詞名義に“rythm”と含まれているだけあって、たたみかけるスリルと流れるようなスピード感に満ちています。波状に寄せる押韻の間隔(感覚)は、鬼に向けて隊士が繰り出す刃(“○○の型”)のように華麗で、込められた修練の重みが宿ります。隊士の刃と、aimerrythmのアーティストたる能動的なアティテュードが重なるのですね。バックグラウンドは重く大きいのに、好対照に火花のように鮮烈で疾走感ある曲調なのです。重い宿命であるからこそ、反射・瞬発力を発揮した表現に昇華することで振れ幅を得ます。その増幅力とともに広く大衆に届くのです。

※「銀朱」は“水銀を焼いて作った赤色顔料”と検索で出るようで、存在する名詞のようです。一方“幻花”は辞書に載る類の名詞とは言いがたい模様(?)。固有名詞にであれば用例を見出せそうです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>残響散歌/朝が来る

参考歌詞サイト 歌ネット>残響散歌

Aimer 公式サイトへのリンク 全国ホールツアー『Aimer Hall Tour 2024-25 “lune blanche”』で稼働するAimerさん。市川市文化会館 大ホール(10/25)〜東京ガーデンシアター(有明)(2025/3/9)、ご活躍めざましく。

『残響散歌』を収録したAimerのアルバム『Open α Door』(2023)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『残響散歌(Aimerの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)