I’m really sleepy くるり 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:岸田繁。くるりのアルバム『感覚は道標』(2023)に収録。
くるり I’m really sleepy(アルバム『感覚は道標』収録)
主題が“ほんまに眠たい”。大衆音楽の主題とくれば、愛とか恋とかがスポットライトを浴びがちな主題でしょう。もちろん、だからこそそれらを主題とするのを避けるようにするロックアプローチ・アティテュードもあると思います。
怒りを通り越すと、もはや眠たい。そういう境地もあると思います。
表拍でずんずんと坂道を闊歩するかのごとく下行していくベースが私の体を踊らせます。くるり流のオー・シャンゼリゼ in IZU」的な印象を初めて聴いたとき抱いたのですが、複数回聴いている今でもその感覚が依然としてあります。
主人公は怒っていたり、それを通り越して眠たい境地かもしれませんが、とにかく音楽はごきげんです。
オリジナルドラマーの森信行さんの演奏が良い。キックの音かっこいい。ダスっというスネアの音がどこか気怠げで、主人公の表情の機微を抽出するよう。ハイハットの分割やダイナミクスの繊細な変化が緻密です。くるりを離れているあいだ、森さんは何周りも表現のステージを上られたのを思います。私は鼻息を荒げて穏やかな感動を覚えます。タンバリンの音色とハイハットの音色がキスしてるわい。
アコギのチャキチャキした輝き感とジュクっとひずんだエレキギターのストラミングが左右で競合。アコースティックユニットの感覚とひずんだギターのトリオバンドのスタイルがキスしてるわい。
ドラム・ベース・ギターのベーシックに、たばこの煙を全身にまとうみたいにうまみやくさみを前面にたずさえたリードボーカルのテクスチャがこの楽曲の成分を占めると思いますが、よく聴くとお化粧が華やかかつ柔和で豊かです。
バッキングのボーカルが甘美。“I’m really sleepy”の主題フレーズでオブリガードしたり、伸ばすトーンで背景します。白の画用紙に白の絵の具を載せるような、さりげなくて丁寧な仕事です。
鍵盤ものの愛嬌が高い。エレピっぽいトーンがいる感じもしますが、ピアノのトーンもいます。これが絢爛なフレーズをカーテンのむこうでぽろぽろやっている。聴いてくれる人は聴いてくれと言わんばかりの距離感があるサウンドで、「岸田・佐藤・森」の三人のトリオサウンドに向けるお客さんの視線をさまたげない好バランスです。
ギターのコードやベースの動きのトレースを試みるに低音の動きや、ギターの機構的な特長やフィンガリングを活かしたテンションのかけかた(時間的には一瞬だったりしますが)のようなものだったり、くるり作品、岸田さんのソングライティングにおけるギターと歌の骨子の構造にみる経験・知識の集積に反射神経と器のひろさを感じます。あらゆる音楽ユーザー・表現者への愛のまなざしかもしれません。
人間は生理的に眠たいと、すべてのパフォーマンスが滞るものです。眠たいのは、ちょっとした状態異常みたいなもの。オレの本懐じゃないのよ、今はちょっと堪忍して。ちゃんと寝て起きたらいくぶん、フツーの私になっているはずだから……
シームレスに、かつ転々と
“何がどうなったかわからないけれど、この楽曲は世にも珍しい「Bメロ歌い出し」である。”(note@くるり official『感覚は道標』セルフライナーノーツより引用)
イントロがパン!と過ぎてから始まるものはだいたいなんでも「メロ」、もしくは「Aメロ」だと私はつい思ってしまいます。上記の引用文をみてあらためて『I’m really sleepy』の歌い出しをプレイバックしてみる。言われてみると、確かにマイナーコード(Ⅵm)からはじまるくすんだ渋み・すっぱみと、唐突で直感的な“ほんまに腹立つ”の言葉が「Bメロ」っぽい。
情景描写といいますか、歌の世界(この楽曲の世界)の前提説明があってから、Bメロで心情や感情が開陳されていく……前提説明の部分が本質的Aメロであり、個(主人公)の感情・心情は本質的Bメロなのかもしれません。
“自由なジャム・セッションから作曲していると、合理的、効率的とは言い難い構成に仕上がってしまうことがある。”(note@くるり official『感覚は道標』セルフライナーノーツより引用)
私の抱く、Jポップの典型的な構成の一例です→Aメロ・Bメロ・サビ、Aメロ・Bメロ・サビ、間奏(ギターソロなど)、大サビ(Cメロ)、サビ(なんなら半音もしくは長2度転調してさらにサビ)、フェード・アウト……
予定調和といいますか、「こう来ればその次はこうだろう!」と鑑賞者が構えたとおりになる、その欲望をかなえるエンターテイメントも世の中にたくさんあってもいいでしょう。でもそうじゃない。
「こいつらと運命を共にする」と決めたオリジナルメンバーとともに、いかに予定調和をくつがえすか、ハプニングを探るのです。運命を共にするメンバーだからこそ「息を合わせる」とか、仲間のなかでだけ共有できる「こう来ればその次はこうだろう!」というインスピレーションもあるでしょう。共謀して、鑑賞者を出し抜いてやるのです。「合理的、効率的」を象徴するひな形を1枚1枚見つけ出しては破り捨てていく。それが私が好ましく思うロック・チームのアティテュードでもあります。
“ほんまに腹立つ 眠れない気がする ていうか なんていうか ずっとそばにいてほしいや ずっとこれで寝れたら いいやなんだろう 心もとないな 気づいたら 雨が降りそうだ 曇りまなこの 傘に隠れて 泣いたろ”(『I’m really sleepy』より、作詞:岸田繁)
ころころと表情(響き)が変わる、秋の空みたいな展開です。1個1個の展開もそれぞれコンパクト。人間の心情も空模様に似たところがあって、シームレスに、しかし時に急激に変化していきます。観察した複数の点を抽出して並べると、さもコロコロ変わっているみたいに見えるでしょう。
岸田さんのふだんの話し言葉そのままのような親(ちか)しさを覚えます。“曇りまなこ”~のくだりが詩的です。空も泣き出しそうだし…俺もなんか泣きたい気分だし、傘で隔てた内側も外側も、それぞれに背中を向けて弱音を吐いているような…(なんだ、結局おれたち似た者同士じゃないか?) 「ほんまに眠たい」の一言で、もうすべてシャットダウンしてしまいたい刹那~ある日の心情を主題に扱い、アレンジの工程を含めて爽やかで甘い響きとの対比で彩り豊かに仕上げます。
青沼詩郎
参考歌詞サイト 歌ネット>I’m really sleepy
『I’m really sleepy』を収録したくるりのアルバム『感覚は道標』(2023)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『I’m really sleepy(くるりの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)