La Palummella くるり 曲の名義、発表の概要

“表題曲『La Palummella』はナポリ民謡を基に作られた、古いオペラのアリアです。”

(くるり公式サイト > NEWSカテゴリ ”くるり” 10月11日にDigital Single「La Palummella」リリース決定! に「-「La Palummella」に寄せて-」と公開された岸田繁さんのコメントより引用)

あのパヴァロッティさんも歌っています。ボローニャ市立劇場管弦楽団、テノール:ルチアーノ・パヴァロッティ、指揮:ジャンカルロ・キアラメッロ

原曲……といいますか、もとになった『La Palummella』の作詞作曲は不詳とされているようです。パブリック・ドメイン(P.D.)と解釈してよいでしょうか。

P.D.のナポリ民謡なのはいいとして、“オペラのアリア”としてこの“蝶々(La Palummella)”を自作に取り上げたのはどなたか?

パヴァロッティさんの『La Palummella』を収録した作品『Passione』を検索してみる。タワーレコードオンライン>Passione / Luciano Pavarotti、それからNAXOS MUSIC LIBRARY > コスタ/ナルデッラ/ファルヴォ/ピッチニーニ:声楽作品集(パヴァロッティ)をあたるに、“Ernesto Tagliaferri (1891 – 1937)”(エルネスト・タリアフェッリ)がナポリ民謡『蝶々』をオペラのアリアとして取り上げたひとりでしょうか。あるいはほかにもいらっしゃるのかどうか。

くるりの『La Palummella』は“野村雅夫氏の協力のもと日本語に訳詞をして、ナポリ伝統のリズム・アプローチならびにDanieleによる編曲で完成しました”くるり公式サイト>「La Palummella 」より)とあります。

くるりのシングル『La Palummella』は2024年10月11日に配信でリリースされました。端的に話をまとめると、作詞・作曲はパブリック・ドメイン(不詳)、編曲はDaniele Sepe(あるいは+くるり)、日本語詞:野村雅夫(あるいは+岸田繁)ということになるのでしょうか。デジタルリリースなのでブックレットなどによる公式な奥付けの確認が至っていませんので、私の察する範囲の報告です。

くるり La Palummellaを聴く

時空を超えた蝶が私にブルーズを連れてきました。感涙です。

またしてもくるりのリズム奇術にやられたわたし。フライパンのように大きいといったふれこみのタンバリンで幕を開ける奇譚。これを頭から4/4拍子と思って数えていると、どうも2/4拍子の箱がひとつ歯と歯の間に詰まったようなところでリードボーカルが入ってきます。

タンバリンとリードボーカルのほぼ独壇場のオープニング。大きな口径のタンバリン、衝突音とフープにはりめぐらされているであろう金物がリンリン鳴るまわりに、中低域くらいの余韻がまとわりつきます。このタンバリンの質感とリードボーカルのブルージーでうるうるな情感だけでも一晩漬かっていたい気分。

バンドが入ってくると、なんと音数豊かなことか。それぞれの楽器が持つ最もピーキーな音域が前にはりつき芯を持って刺さり、奥の部屋の空間に向かって管楽器の響きが床を壁を走っていくのが視えるかのようです。

タンバリンが魅せたリズムのパターンはドラムスのスネアが引き継ぎ、親類の無念の続編を代筆します。

ベースのブイっとエッジの効いた音。これは主にチューバの仕業でしょうか。竿物のベースも入っているようですが、ほとんど意識を持っていくのはこのブイブイな金管楽器の低音です。ブシっと効いた音の立ち上がりのピストルを突きつけられて私は両手を上げるしかありません。

フルートが転げ回り、おいてけぼりを食ったわたしにオホホホホと高笑いを見舞い急坂で降り回します。フルートは今作の盟友、ダニエレの演奏だといいます。

右に左に、それぞれにコンパクトなまとまりで徒党を組んだ管楽器が独自のシノギで暗躍をキメます。

リードボーカルは上の音域にハーモニーの従者を携えます。ピタっと息の合った相棒です。右のほうからエレキギターが非情な時報を石畳の街の軒に降らせます。

エンディングを間近にして熱量を間引くと、またあのタンバリンの音が帰ってきます。急にいなくなって迷子犬になったあいつと、暗がりの路地で再会を果たした気分です。

バンドが熱量を取り戻して団円を組み、酔っ払ったおやじたちがひとしきり飛沫を交換し終える頃、カメラがナポリの夜空にパンナップしどこからともなく混信する女声。いつからいたのでしょうか、たった今フレームに入ってきたのに違いないであろうに、実はずっと前から背後に立っていたのに私が気付かなかったのか……ひた隠しにした懺悔が染み出してしまいそうな、何代も前の聖母のような浸透圧。ナポリの土地に幻のダイヤモンドダストが舞う神懸かった帰り路を思わせます。

マンドリンの乾いた木端のような音色が、意識が飛びそうになった私のお尻を部屋の椅子に引き戻します。

蝶々はどこへ行ってしまうのでしょう。やつらがどこから来てどこへ行くのかをひとつなぎに見たことが私はありません。ふわっと視界に入ってきて、ふわっと風の向こうに消えてしまうのです。あれが苦悩に悶絶しているところも、夢や願いを現実のものにせんと血と汗にまみれているところも私は見たことがないのです。匂いとか、輝きの粒子みたいなものだけが尾を引いて、楽団の響きとともに私を置き去りにします。

恋慕と悲哀

パルメッラ 舞い踊れ 心に咲くばらのそばで あの娘に伝えて 愛よりも深い想い

くるり『La Palummella』より

振り返ってみると、くるりのあゆみの大事なところと重なる楽曲にしばしば現れるモチーフの花がばらです。心に鮮烈な印象を残し、あれはなんだったのかといつも私を振り返らせるランドマークであり、聖痕のようにも思えます。

羽根ひろげて 伝えておくれ あの娘のそばで昼も夜も 恋焦がれて いつもいつも あなたを想っていると

くるり『La Palummella』より

恋は異性を想う神秘であり、愛と欲望の状態異常にも思えます。夢中になること。執着すること。視野を絞って対象に焦点すること。対象が異性でなくとも、恋らしい特徴に共通する観念は数多あります。

既婚者だって、恋人やパートナーを持たない者だって、恋焦がれているのです。その対象は幻想かもしれません。目の前にない理想をイメージしているのです。

恋焦がれて幻をじっと見ている。魅入っている。魅入らされている。この状況一体が楽曲の主題、『蝶々』なのです。

くるり『La Palummella』ボーカルモチーフの採譜例。g mollの悲痛な思念が刺さります。ふわっと被せるような音形を反復し、それにカウンターする2小節が後続します。このまとまりを連ねて蝶々のふわふわとしたよりどころなく儚い軌跡を紡ぎます。ナポリ民謡のシンプルな構造が表現者の個性を強く映すのでしょう。口伝てする一世代・一個人それぞれが己の「今の歌」として唇に宿し、輪郭のあいまいな悲哀の手触りを連綿とアレンジしてきたのかもしれません。

青沼詩郎

くるり 公式サイトへのリンク

くるりのシングル『La Palummella (ラ・パルメッラ)』(2024年10月11日)