まえがき
カーペンターズの曲! というイメージがある『プリーズ・ミスター・ポストマン』。私はビートルズ版の存在をあとから知りビートルズがカーペンターズをカバーしたみたく一瞬思ったのですが時系列がなんだか色々おかしいぞ。
そもそもマーヴェレッツがオリジナルだと知ります。ビートルズによるカバーがオリジナルのマーヴェレッツの発表から反応が素早く、カーペンターズによるカバーはマーヴェレッツ・オリジナルから起算すると精子と卵子だった子供が中学生になるくらい間があるのですね。私の時空認知がだいぶ歪んでいるのを思い知りました。
The MarvelettesとPlease Mr. Postmanを解くキー、Georgia Dobbins
The Marvelettesの前身グループのThe Marvels(ザ・マーヴェルズ)の結成時のメンバーで、しかも『Please Mr. Postman』の原案(“初期バージョン”)をなしたのがGeorgia Dobbins(ジョージア・ドビンズ)。以下が参照元です。
“オリジナル曲が必要だと言われ、ジョージア・ドビンズが、友人のウィリアム・ギャレットのブルース曲を元に作り直して「Please Mr. Postman」の初期ヴァージョンが出来上がりました。” ミュージックライフ・クラブ>マーヴェレッツの共同創設メンバー、ジョージア・ドビンズが死去(2020.9.28の記事)より引用
William Garrettの持ち曲(?)の参照によってGeorgia Dobbinsが発案し、さらにそれをデビュー(完成形)に向けてブラシアップしたから名曲『Please Mr. Postman』は作詞作曲の名義人がいっぱいいると解釈できそうです。
“しかしながら、10代の娘がナイトクラブで歌うことを心配したドビンズの父が脱退を強要し、ドビンズはスポットライトを浴びることなくデビュー前にグループを去り、ワンダ・ヤングが後任として加入しました。” ミュージックライフ・クラブ>マーヴェレッツの共同創設メンバー、ジョージア・ドビンズが死去(2020.9.28の記事)より引用
オリジナルグループの歴史においても楽曲『Please Mr. Postman』の制作においても重要人物とおぼしきGeorgia Dobbinsはデビュー前に脱退している事実に驚きました。世には才能あるがゆえに落差の激しい人生を歩む人がしばしばいます。Dobbinsは以後のThe Marvelettesで才能を発揮しなくとも別のところで活躍されたのではないかと思うのですが、私の安易なネット検索で得られる彼女の活躍に関する情報は少ないです。
Please Mr. Postman オリジナルの名義、発表の概要
作詞・作曲:Robert Bateman・Georgia Dobbins・William Garrett・Freddie Gorman・Brian Holland。The Marvelettesのシングル、アルバム『Please Mr. Postman』(1961)に収録。
The Marvelettes Please Mr. Postman(アルバム『Please Mr. Postman』(1961)収録)を聴く
The Jackson Five、あるいは日本の商業音楽愛好者的にはフィンガー5を想起させる中性的で少年的で独特でチャーミングな声質はGladys Horton(グラディス・ホートン)によるリードボーカルです。この歌唱が、「頼むよぉ」「お願いだよぉ!」と切実な想いをリスナーの中で増幅させます。わたしたちをつなぐ愛の証の手紙やらカードがその郵便袋のなかにないはずはないんだ! お願い郵便屋さん、出てくるまで私はあなたを離さないしここを離れない! という強い想いを想像させます。
郵便屋さんのほうは困ったものです。
「私あてのがあるんだ、郵便屋さん、みてよお願い!」
「はいよぉ、待ってねぇ」「……う〜ん、ないかなぁ」
「絶っっっっっ対にあるんだ! 探してよ!」
「う〜んどうかなぁ、見たんだけどなぁ……もっかい見るかぁ、待ってよぉ」「……う〜ん、やっぱりないかなぁ……」
以上、repeat xx times……
もっと時間的にロングスパンで募る想いが凝縮されているのでしょうが、エンディング付近の45秒程度のみに注目するとなんだかコミカルです。この切実な喜劇に加わりたくなって、こっちまで楽しくなってきます。カバーしたくなるのも共感です。
モノラルのバンドの音像がバンとあたたく弾けるようにぶつかってきます。バックグラウンドのボーカルがキャンキャンしています。若い! ハスキーさと質感に奥行きのあるリードボーカルと、平面的でキャンキャンしたバックグラウンドボーカル、温かく器が深くそれでいてシンプルなバンドの音が好対照をなします。
ピアノのストロークはコンサートホールにこだまするような深い残響で、リッチでやわらかく潤いのあるサウンド。空間をのびのびとつかいます。随所の転げるようなオカズ的な動きも好いですね。ピアノは帯域が広い楽器がゆえに派手な楽器編成で下手に鳴らしすぎなアレンジを書くと埋没しがちですが、広く空間をあけて活躍させれば1台で万能なものです。
テシテシと気味の良いドラムのサウンドにはあの『What’s Going on』で有名なレジェンド、マーヴィン・ゲイが加わっているといいます。
参考サイト・記事 uDiscover>マーヴェレッツの「Please Mr. Postman」はいかにしてモータウン初の全米No.1シングルに輝いたのか
Carpenters Please Mr. Postman(アルバム『Horizon』(1975)収録)
Carpentersのシングル(1974)、アルバム『Horizon』(1975)収録。
箇所によってギターソロ、管楽器、タムタムのフィル、バックグラウンドボーカルの合いの手、ストリングスのカウンターライン……各役者が息を合わせて立ち回り・出入りする華やかなアレンジです。
ブリブリビリビリと、竿ものベースと低い音域のサックスが合わさったみたいなフィールのベース音が印象的。テシテシとシマリが良いサウンドは原曲と通ずるフィールもありますし、動きやアクセントづけと背景の支えのメリハリが効いた華のあるプレイはカーペンターズ印なサウンドでもあります。ドラムの演奏者クレジットはカレンですね。
ストリングスやバックグラウンドボーカルの描線に私が思い出すのはTHE BLUE HEARTSの『キスしてほしい(トゥー・トゥー・トゥー)』です。手紙を世界に散らしあって音信を図り合うように、音楽の語彙が異時代の遠い地域まで伝播するのを思います。
The Beatles Please Mr. Postman(アルバム『With The Beatles』(1963)収録)
The Beatlesのアルバム『With The Beatles』(1963)収録。日本独自発売のシングルがある(1964年、B面は『MONEY』)。
比較して聴いてみると、のびのびとしたテンポで演奏しています。冒頭、第一声のWait!にエネルギーが詰まっていてトキメいてしまいます。
左がわにがっつり寄せられた楽器パート。ストレートなギターのダウンピッキングがシンプルです。ドラムのハイハットが豊かで、マーヴェレッツでいうピアノのようなリッチな質感に相当するものを感じます。まっしぐらな印象のギターとドラムのビートに、ベースのパターンとニュアンスが緩急と弾みを与えます。
右トラックにはがっつりボーカルトラックを振ります。リードはジョンのダブル。エネルギーがありますね。バックグラウンドボーカルがヴァースで「Woo……」とうっすらした線を弾き、エンディング付近では“wait a minute, wait a minute”のカウンターでリズム的な密さ、響きの華やかさで質感を豊かにしていきます。フェードがかかってもう切れ際になる頃には複数のボーカルが白熱しています。初期のビートルズっぽい若さが弾けています。
あとがき 時間経過と質量のトキメキ
手紙って時間差がすごいメディアですよね。昔よりは現代の郵送は飛躍的に早くなっているとは思います。
「郵送で送ったよ」とLINEで報告してから受取人が郵送のブツを待つなんてシーンも日常です。
来るかどうか、いつ来るのかも確定なし。来て欲しい想いで郵便屋さんの姿を熱い眼差しで見送る日々。涙ぐましいものです。
相手が用意した紙やペンやインクに、相手が手描きした文字。一行めから最後の一字まで修正の効かない一方通行の文面。封筒なりはがきの表面なりに切ってが貼られたり消印が押されたりして、いつのまにか郵便受けに投げ込まれていたり、あるいは待ち構えていた受け取り人に郵便屋さんから手渡しされる音信。コーヒーが滲みたり跳ねたり? 摩擦で表面が掠れたりよごれたり? 雨でちょっとしわになったりふやけたり?
時間とプロセスの幅、質量・質感で優るトキメキです。
青沼詩郎
参考Wikipedia>マーヴェレッツ プリーズ・ミスター・ポストマン 緑の地平線〜ホライゾン ウィズ・ザ・ビートルズ
参考歌詞サイト KKBOX>Please Mr. Postman(The Marvelettes) Please Mister Postman – Remastered 2009(The Beatles)
歌詞和訳の味わいの参考サイト 世界の民謡・童謡>Please Mr. Postman 歌詞の意味・和訳 ビートルズやカーペンダーズのカバーで有名な1960年代のヒット曲
The Marvelettesのアルバム『Please Mr. Postman』(1961)
Carpentersのアルバム『Horizon』(1975)
The Beatlesのアルバム『With The Beatles』(1963)