あの唄はもう唄わないのですか 風 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:伊勢正三。風のシングル(1975)。アルバム『時は流れて…』(1976)にアルバム・バージョンを収録。
風 あの唄はもう唄わないのですか(アルバム『時は流れて…』収録)を聴く
左右にあるアコースティックギターのアルペジオとダウンビートでメロとサビを演出し分けます。ドラムとベースレスの様相で最後のサビ前まで持っていってしまうのです。アコギの低域がドンとリッチによく出ています。
間奏では独奏ヴァイオリンの音色。まるで胡弓みたいにも感じるので無国籍感あるいは東洋的な印象も覚えます。Aマイナー調の曲ですが間奏で平行調のⅣメジャーセブンのようなあいまいな響きを思わせる音程づかいを含み、複雑な心の内側を攪拌したようないどころのなさを鑑賞者にもたらす狂おしい耽美な響きです。
ハープがぽろんと和音を置いたり楽器の特徴を活かして広い音域にわたって分散和音をパリパリパリ……とつまんでいきます。
バックグラウンドボーカルのお化粧もメロから効いています。
最後のサビを迎えるころ、これでもかと引きつけるタムのフィルインでドラム、そしてベースも加わり、リードボーカルに帯同するハーモニーのボーカルも加わって情感のボリュームがピークを迎えます。
バンドで盛り上がったのも束の間、エンディングでヴァイオリンの独奏が放浪し、ハープの響きが置き去られるかのように曲が止みます。
歌詞 遠い日の敬愛
主人公と“あなた”の関係が気になる楽曲です。
今朝新聞の片隅に ポツンと小さく出ていました あなたのリサイタルの記事です もう一年経ったのですね 去年もひとりで 誰にも知れずに 一番うしろで見てました あの唄 もう一度聞きたくて 私のために作ってくれたと 今も信じてる あの唄を……
『あの唄はもう唄わないのですか』より、作詞:伊勢正三
“あなた”は定期的に演奏会やライブを開催するミュージシャン・ソングライターです。そんな“あなた”と主人公はどんな関係なのか。恋人だったのか。あるいは音楽仲間として尊敬しあう仲だったのか。
演奏会の内容はクラシックだと事前に周知するのが慣例です。ロックやポップスは当日のお楽しみと相場は決まっています。期待したレパートリーをやってくれるかやらないのか。それも聴きに来るお客さんの関心事のポイントです。どんな曲をやってもやらなくてもそのアーティストの構成意図を汲んで全力で解釈・評価するのがファンの鑑でしょう。あるいは、浅いファン(ファンに浅いもくそもないでししょうが)もたくさん来うるような規模の大きいコンサートでは、つとめてそのアーティストの代表曲やヒット曲を演目に含ませるのがアーティストに望まれるサービスなのかもしれません。
それはそれとして、主人公がききたいと思っている、自分のために作ってくれたであろう唄がある。それをやるかどうかは、とても主人公の個人的なことであるわけです。もちろん、同時にその唄は広く多様なリスナーにも愛されているレパートリーかもしれません。
雨が降る日は 近くの駅まで ひとつの傘の中 帰り道 そして二人で口ずさんだ あの唄はもう唄わないのですか 私にとっては 思い出なのに
『あの唄はもう唄わないのですか』より、作詞:伊勢正三
ひとつの傘を共有して、自分たちにとって共通の知識レベルのあるオリジナルソングを雨のなか一緒に唄う……相当仲良しです。
恋仲であるのを思わせるシーンでもありますが、友愛としてこのシーンが成立しないとは言い切れません。なんか恋人みたいで気恥ずかしい気もするが、コイツとの尊敬し合う仲であれば、まるで恋人ごっっこみたいで笑えもする……という友人関係もありうるでしょう。
遠い日の恋を遠い目で眺める哀愁の唄と見てもいいですし、遠い日の友愛・敬愛関係を眺める唄とみてもいい。あるいはその両方を満たした唄である、と解釈するのが最もこの唄の深みと高みと、理想と現実の折り混ざった複雑な感情を質量豊かに味わう解釈かもしれません。
青沼詩郎
アルバムバージョンの『あの唄はもう唄わないのですか』を収録したアルバム『時は流れて…』(1976)
シングルバージョンの『あの唄はもう唄わないのですか』を収録した風の『シングルコレクション』(2007)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『あの唄はもう唄わないのですか(風の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)