南の果実 郷ひろみ 曲の名義、発表の概要
作詞:楳図かずお、作曲:筒美京平。郷ひろみのシングル『寒い夜明け』、アルバム『街かどの神話』(1976)に収録。
郷ひろみ 南の果実(アルバム『街かどの神話』収録)を聴く
グッドサウンドです。音楽ジャンルの定義に明るい私ではありませんが、シティ・ポップのしっぽが見切れているような印象も抱く、総体的なサウンド:演奏の良さを覚えます。
郷ひろみさんの歌声は甘い。まだまだ未熟という意味の「甘い」ではないので勘違いのないように。鑑賞者をとろかせ、ほだし、魅了する甘さをふんだんに含んでいます。完熟の食べごろの果物の糖度のような「甘さ」ですね。魅力的で、食前でも食後でもいつでも食べたい!そいつをいつも私にくれ! そういう「甘さ」が郷ひろみさんの特別な武器:強みであるのを実感します。メロメロです。
おしゃれでじわるオープニング。エレクトリックピアノの音が洒脱に響き、ストリングスが麗しく都会の高層建築のうしろに夜間飛行する機影を引くよう。左のエレキギターのリズムがあまりにタイトで短くて、もはや音程を出さなくても良いのではないかというくらいに「カツッ!」と短くアクセントします。ドラムとベースが玄人で渋く、アツい。ベースの緩急が巧い!
サビっぽくない感じのBメロでふわぁーっと金管が立ち上がってきて、私の目の前の景観をオレンジ色に染め上げていきます。これみよがしなサビっぽいサビではないのですが、“いつかは帰る 君の中へ”というボーカルフレーズのじわじわと天井をあげながらリズム形をリフレインするようなメロディが紳士的で私をトロかせる美メロです。
歌詞
漫画家の人が書く歌詞ってどうも、純真無垢で観察や感情に素直で素晴らしいと思わせるのは、この『南の果実』で作詞をみせた楳図かずおさんのほかに、たとえばさくらももこさんがいるせいでしょうか。
僕の新しいスーツから ひとつ大人をみつけ
恋の想像をめぐらして すごく気にするかわいい君
たとえよその女(ひと)にゆきあい 心をとられても
いつかは帰る君の中へ
両手いっぱい オレンジ このさわやかさつれて
『南の果物』より、作詞:楳図かずお
“かわいい君”という主人公自身の純心さがかわいい。いえ、純心じゃないんですよ。むしろちょっとスケベでおもわせぶりで気が多い、邪な感じが子供っぽいのです。そこを、浅はかだなと感じるか、単純で短絡的で配慮に欠けるところがカワイイものだなと感じるかは人によって幅があって良いところでしょう。
短絡的にほかの女性に流されても、そのうちオレンジをかかえてニカニカと子供みたいな笑顔を浮かべて帰ってきてしまうのです。恋愛のうちはいいかもしれない。こんな浮気者と、長い人生の伴侶としての契りを結びたいと思うかどうかは、それはもうあなた次第でしかないのですけれど……
たとえよその女(ひと)に難破して 遠く流されても
いつかは帰る君の中へ
あつい南の果実 このさわやかさつれて
『南の果物』より、作詞:楳図かずお
浮気を「難破」に喩えてウマイこと言ったみたいなカオしないでくださいよ……笑って許したりなんかしませんからね……私が主人公の恋の相手だったら、長い人生のパートナーとしては無理だなって思ってしまいますね。友人としては、波乱万丈で面白い奴だなと思って長く「悪友」関係でいられそうにも思います。しょうもない腐れ縁みたいな関係です。そういう仲のほうが長続きしたりもするのでしょうか。あんまり私自身の体験としては「腐れ縁」の記憶はないですが……
ちょっとツッコませる、率直なんだけどオカしみのある歌詞が味なのです。オレンジみたいにさわやかかな? といったら……もうちょっと「チェリー」みたいな、若気の至りっぽい感じもします。「新しいスーツ」に人格の成長や変化をにおわせるみたいな、大人ぶった言葉づかいや比喩の成熟も文面にみられるのですが、全部ひっくるめてみるとやっぱり「童心」を感じるのです。
青沼詩郎
『南の果実』を収録した郷ひろみのアルバム『街かどの神話』(1976)
『南の果実』を収録した郷ひろみの『ALL THE SINGLES 1972-1997』(1997)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『南の果実(郷ひろみの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)