木枯しに抱かれて 小泉今日子 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:高見沢俊彦。小泉今日子のシングル(1986)、アルバム『Hippies』(1987)に収録。

小泉今日子 木枯しに抱かれてを聴く

先日ラジオで『Blue Ocean』(Tokyo FM)を聴いていたら流れたのでこの曲を知りました。1986年生まれの私と同い年発表の秋をを思わせる主題の、国民的タレントといって相違ないキョンキョンのシングル曲。

作曲が高見沢俊彦さん、いわずもがなTHE ALFEEの三本柱のお一人。

流れるような構成。楽曲を聴き、情緒に浸っているうちに気持ちよく私の日常にクロスフェードしてしまいます。

ですので何気なくラジオで知り、サブスクで検索してさらっと聴いてみるうちはしっかりと気づかなかったのですが、踏み込んで分析のまなざしで鑑賞してみるにこれは久しぶりにヤバい(骨のある)曲に出会ってしまいました。震える私の心よ。

ヤバみのひとつが調のうつろい、あるいはよりかかる調のなさ具合に震えます。

オープニング付近はF→G→Cとコード進行。これは明らかにCメージャー調の動きです。……が、3〜4小節目くらいで早くも動きに異変が。

1小節目からあらためてコード進行を起こしてみます。(ドラムのオープニング後を1小節目とします)

|F→G|C→F|G→A|Dm|

明らかにCメージャー調の動きで、3小節目の頭のGを経たらCもしくはAmに解決するのが予想しやすい動きですが、Gからそのまま長2度ベースが上がる先はAmではなくA(あるいはA7)。直後の小節のDmにつながるモーションです。

じゃあそこからはDmで音楽のセンテンスがつづられるのかと思いきや、またCメージャー調を思わせる元の

|F→G|C→F|

のコードセンテンスに戻りつつ、後続するのはやはり

|G→A|Dm|

と、あくまでDmに接続するパターンなのです。

このまま、Dのナチュラルマイナー系のメロディとコード進行の歌メロに接続していきます。

Dm調への帰結感が薄い特異なオープニングなので、歌メロはじまりに接続するときに流れの自然さを私は覚える……というか音楽が推移したことを感じさせないトリックに遭っているのです。その事実すら知らずに、です。

8小節のDナチュラルマイナー系の歌メロを経ると、そのまま平行調のFメージャーを思わせるコードセンテンスのBメロに接続します。ズクズクとエレキギターのブリッジミュートがエイトビートを押し出します。このあたりの流れに、ALFEEっぽいロック・アティテュードの快感を覚える私です。

新しい景観を見せたFメージャー:8小節のBメロをくぐり抜けると、またAメロに相似する音楽上の語彙に回帰します。つまりまたDナチュラルマイナー系の秩序に戻るのですが、語彙の結び歌詞“あなたは気づかない”を言い切るときはDmではなくDsus4的な引っ掛かった・あるいは吊り下がった浮遊感を思わせる12弦ギターのパッセージでふわっとさせます。なんだこれは……不思議なことが不思議すぎるあまり、不思議な目に遭っていることすらよく分からせてもらえない奇術のステージを目の当たりにしている気分です。

ワンコーラス目を経ると、DmではなくまたFメージャーの動きを思わせる

|B♭|F C|の動きの小さな間奏。FメージャーでⅣ→Ⅰ→Ⅴをリフレインするパターンに聴こえます。

以後の2コーラス目を経ると、演奏時間2分2秒頃からの間奏で明らかにDメージャーの秩序に流れ込みます。支流・激流を乗り越えて、人生の小川・渓谷がメインストリームに合流し視界が開けるターニングポイントのようです。バグ・バイプを模倣したようなエレキギターが新しい試練を突きつけるようでもあり、激流を乗り越えた祝福を謳っているようでもあり耽美な光景です。

間奏を経ると歌詞“恋人達はいつか”……と、いわゆる大サビというのかCメロというのか、それまで登場しなかった部品が出てきます。

これでもかと私をうならせる奇術のハイライトは演奏時間2分45秒あたりから。

歌詞“夢をつかんで”でAsus4の響きをAにたぐりよせ、いざDmに解決するか、あるいはB♭に接続して大サビのコード進行のリフレインあるいは発展系にいく未来もあるかと思わせ、まさかのEm。

つまり、もとの1コーラス2コーラスを紡いだ強いていえば主たる秩序だったDのナチュラルマイナーの長2度上の秩序に接続したのです。響きのつながりはまるで支離滅裂に思えるくらい変則的な印象なのに、リクツが通っているというか、作曲の意思・意匠・意図がちゃんとこちらに伝わってくるのです。

歌詞“せつない片想い あなたは気づかない”のリフレインで、複数のボーカルトラックのフレーズのお尻と頭がオーバーラップする演出で記憶のなかの景色がカクテルされ輪廻します。未だ報われることのない恋慕が主題であるのがこのリフレインであらためて強調されます。このあたり、ALFEE作品に通ずる大衆歌謡性を私に想起させます。

エンディングは、オープニングのトリッキーなふわっとした音楽語彙パターンをそのまま長2度上で再現します。オープニングはCメージャーかと思いきやDmに逸れていってしまう道化だったのですが、エンディングはDメージャーかと思いきやEmに逸れていってしまう道化です。

逸れて、といいつつも最後はぽつねんとEmのコードで帰結した感があります。シンバルが派手になることもなく、ぽつんと冷たい空気とまるはだかの街路樹のはざまに取り残された寂寥感に放り出されてしまうエンディングの終止の和音。うち震える私は寒さのためなのか、この美しすぎる楽曲の意匠・表現美のためなのか。季節の輪廻と、身を切る寒さの刹那を私はまぶたの裏に見ます。

青沼詩郎

参考Wikipedia>木枯しに抱かれて (小泉今日子の曲)

参考歌詞サイト 歌ネット>木枯しに抱かれて

50歳を迎える頃の小泉今日子さんが立ち上げた、音楽の枠を超えた多様な媒体に渡るプロジェクト『明後日』(Asatte)公式サイトへのリンク。キョンキョン(愛称で失礼します)、自主性・創造性とチャレンジ精神に溢れる生き方がカッコ良過ぎます。

小泉今日子 ビクターエンタテインメントサイトへのリンク

小泉今日子のシングル『木枯しに抱かれて』(1986)

“Another Version”の『木枯しに抱かれて』を収録した小泉今日子のアルバム『Hippies』(1987)

『木枯しに抱かれて』を収録した『コイズミクロニクル ~コンプリートシングルベスト 1982-2017~』(2017)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『木枯しに抱かれて(小泉今日子の曲)ギター弾き語り』)