ジュリアに傷心 チェッカーズ 曲の名義、発表の概要
作詞:売野雅勇、作曲・編曲:芹澤廣明。チェッカーズのシングル(1984)、アルバム『毎日!!チェッカーズ』(1985)に収録。
チェッカーズ ジュリアに傷心(アルバム『毎日!!チェッカーズ』収録)を聴く
チェッカーズ歌謡というジャンルがある とか言ってみたくなりますね。キャバレーと咆哮しているみたいなボーカルのエコー感が印象的です。サックスソロもエコー感があります。エコーのエフェクトじゃなくて、同じ演奏をダブリングしたサウンドかな?と思うくらい、輪郭に多重性があります。
メインボーカルの残響感が、リスナーとのあいだにほどよい距離を与えてくれます。高めのテンションで張り続けるボーカルメロディ、ポジション(音域)が高めなので、このサウンドのバランスがむきだしの感情が直接ぶつからないちょうどよい塩梅に思えます。
バックグラウンドボーカルがリードボーカルとは対照的に、近めでささやくような甘い繊細な音色が出ています。熱いリードボーカルに清涼感を添えます。Bメロに入るところでは低い音域で合いの手をいれるサイドボーカルが艶っぽくてギラつきます……濃ゆいです。ラッツ・アンド・スターあるいはシャネルズ、あるいは鈴木雅之さんらが尊敬するであろうドゥ・ワップ的サウンドを想起させます。
ドラムのスネアが鋭いです。キックは太く厚みのあるサウンド。Bメロでハイハットやライドの代わりにタムを交えます。太さと浮遊感の両方を覚えます。
ドラムの腰が厚いのと好バランスに、ベースは腰が軽いです。短2度でずり上げる歌い方(ベースフレージング)と腰の軽いサウンドのキャラが相まってやんちゃで元気な印象です。
エレキギターのサウンドもベースに似て軽妙で、サーフロックとかグループ・サウンズの時代と地続きなのを思わせます。演奏の押し出し感はそうした音楽のあとに続くビートの性格を帯びている感じもします。
太く厚いドラムを中心に、サックスの低くて太くて艶っぽいサウンドが存在感があります。ボーカルはちょっと距離をとって響きのあるサウンド、バックグラウンドボーカルや竿物は軽く疾走感を助長する質量感。ちょっと人数多めのバンド、チェッカーズらしい独自の好バランスが成立します。
なんで頬濡らしてるの
キャンドル・ライトが
ガラスのピアスに反射けて滲む
お前彼の腕の中踊る
傷心(ハートブレイク) Saturday Night
悲しいキャロルがショーウインドウで
銀の雪に変わったよ
so silent night ドアを抜けてく俺を
tears in your heart 頬濡らし見送ったひと……
俺たち都会で大事な何かを
失くしちまったね
『ジュリアに傷心』より、作詞:売野雅勇
冬の都市の情景が浮かびます。キャロルといったらいわゆるクリスマス讃美歌の類でしょうか。サイドボーカルが”so silent night”と、歌詞の季節感の演出を補強します。キラキラした無機物に反射する人工的な光源の数々が刹那で、もろい。傷心はハートブレイクと読むのですね。つくりものの都会の姿ともろい(脆弱な)恋の非情な姿が重なります。
ラジオでRock’n Roll
二人で聴いたねヒットパレード
夢の他に何もない部屋で
真夏のヴァケーション
切ないメモリー胸を焦がすよ
髪のリボンほどいたね
my destiny 俺やり直したい
foever you もう誰も愛せないから
最後の灯りを消したら終わるね
二人のTeenage dream
『ジュリアに傷心』より、作詞:売野雅勇
冬の歌かなと思いきや夏の描写で時間と季節に幅を出します。一つの季節に絞るつくりもあれば、幅を出すつくりもあるのが大衆歌。時間・季節の幅を描くことで、それだけ登場人物の人生の時間に長くまたがった体験・一連の記憶であるのを伝えます。夏に盛り上がりを見せた恋が、クリスマスシーズンにその命を終えた……といういきさつかもしれませんし違うかもしれません。
1コーラス目に戻って“ドアを抜けてく俺を 頬濡らし見送ったひと……”。主人公が振られたが未練を抱いている立場かと思いきや、主人公のほうから立ち去ったようにも見えます。二人の関係と想いの矢の飛び方の解釈が面白みです。
フったのは“お前”の方だけど、見送る側の”お前”が頬を濡らして見送る……そういう複雑の事情もあるでしょう。身体が二つあれば? 平行世界がいくつもあれば、”お前”は主人公と関係をつづけることを望んでいたのでしょうか。しかし、たったひとつの関係を選ばなければならないのなら、主人公との関係を捨て、ほかの”彼”の腕の中を選ぶと……複数の関係それぞれに魅力があるが、それに優劣をつけ、たったひとつの関係を選ばなけらばならないのであれば、主人公との関係を捨てる。その苦しみ・悲しみのために頬を濡らすのが”お前”でしょうか。なんて身勝手(わがまま)な!とか、いいご身分だねという気もしますし、複数の人間の関係はそんな単純なものじゃないよね、でもとにかく頬を濡らす苦しみや悲しみだけはなんだかわかる気がするよ……という憐れみをかける私もいます。
青沼詩郎
『ジュリアに傷心』を収録したチェッカーズのアルバム『毎日!!チェッカーズ』(1985)