オリジナルアーティスト、シャルル・アズナブール。フランス語の緩急が魅惑。コステロのカバーは原曲の印象の方向性と揃っているのに気づきます。
She Elvis Costello 原曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:Charles Aznavour、Herbert Kretsmer。シャルル・アズナヴール(Charles Aznavour)のシングル『わすれじのおもかげ(Tous les visages de l’amour)』(1974)。エルヴィス・コステロ(Elvis Costello)がカバーし映画『ノッティングヒルの恋人(Notting Hill)』主題歌、シングルとなる。
Elvis Costello She(『In Motion Pictures』収録)を聴く
カッコイイ……で頭の中がいっぱいになり何も考えられなくなります。甘いソフトな歌唱。息がたっぷり入っているような近さ。でも声を張り上げたときの一瞬のザラつき感、「あ、コステロだ」というこれこれ!感もあります。悩殺ウィスパーの名歌手かと思えばロックの典型のひとつを象徴するレジェンドにも一曲のなかで変貌する(なんだこれ天才じゃないかよ)。シャルル・アズナブールが原曲なのですね。名曲をわがもののように覆ってしまう。あるいは名曲がそもそもまとった衣をさらに裸のようにしてしまうのがたとえばボブ・ディランによるカバー作品にみられるような共通のアティテュードでしょうか。
ピアノの4分打ちのストロークがこんこんと私の胸の扉をたたきます。ベースがまろやかにSheに足並みを揃えて歩いていく。キックドラムはアタック感よりも低重心な、骨や肉のなかで拍動するようなサウンドで他のパートのきらめきを引き立てます。キックと対極するかのようなスネアのアクセントの強いサウンドも際立ちます。派手なタムのフィルが豪勢。ホルンのサウンドを聴くと勇壮な印象を抱くことの多い私。ことに私の感傷を高めるホルンのサウンドよ。男声の帯域に近い音域であるのも手伝ってなのか。
ドクター・ジョンとか、ボブ・ディランとか、このコステロにしてもそう……オジサンの声に私は弱い(失礼……私自身中年男性であるくせに)。人生に手を抜かずたたかってきたバックグラウンドがいまこの一瞬の声に宿って思えるからです。それはもちろん、青少年や女性やおじいさんだって同じなはずです。単純に私自身のペルソナがおじさんという属性と重なるから同調・共振性が高いというだけなのでしょうが……オジサンの歌声ならなんでもいいのかといわれれば決してそんなことはない。やはり『She』でのコステロの歌唱が見事だから私はまいってしまう。この唄の中で身を捧げられる『She』に私もひざをついて心を誓う気分になるのです。
D♭調で、ディミニッシュの和音など交えて響きの起伏豊かに歌い上げる魅惑の楽曲。途中でEメージャー調にうつろい、視界の転換を挿入。D♭メージャーからみて短3度上の調にあたるので、Cメージャー調基準でいったらE♭メージャー調にいく転調。♭がみっつ増えるのは同種短調の平行調にいく感じで、視界の壮麗な展開があるのに親和性もある転調といえるかもしれません。
青沼詩郎
『She』を収録したElvis Costelloの『In Motion Pictures』(2012)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『She(エルヴィス・コステロがカバーしたシャルル・アズナヴールの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)