選曲理由
向井秀徳さんもカバーを通して絶大に評価し表敬したと思われる『CHE.R.RY』。「桜」のモチーフは毎年繰り返しその季節が来るたびに「今この瞬間の私の歌」として輝き、ウィンクするのです。
ジャケ写
CHE.R.RY YUI 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:YUI。編曲:northa+(鈴木Daichi秀行)。YUIのシングル、アルバム『CAN’T BUY MY LOVE』(2007)に収録。
YUI CHE.R.RY(アルバム『CAN’T BUY MY LOVE』収録)を聴く
胸がときめく感がすごい。JPOPサウンドの鑑と思わせます。
ザキザキ、カランとしたアコースティックギターのストラミング。これはひとつYUIさんサウンドの「おしるし」でしょう。
スパコンとさばけまくったドラムのスネアサウンドがお見事。この曲のスネアは絶対くぐもってちゃ駄目でしょう。かつ桜の枝ごと落ちてしまいそうなほど鋭くても駄目。
この抜けたスネアにズウンと土のような粘りで絡みつくベースサウンド。桜の幹を根からしっかり支えます。
さわやかに轟くエレキギターのブリッジミュートを交えたリフ。ピッキングハーモニクスが出そうなくらい鋭いサウンドで歪みが強いです。恋愛をモチーフにした曲が甘々になりすぎないように、トガったアティテュードを忘れません。リフをオクターブで、複数のエレキギタートラックが弾いているようです。
エレキギターのリフのあたまの上に弧を描くようなストリングスのサスティン。アタックにピアノの音色が融合しているような感じ。これぞなJPOPバッキングパターンとして肝に銘じます。ピアノはエレキやアコギと棲み分けてか、非常に高いところでチロチロと可愛らしく動くパターンもうかがえます。他の音色がしっかりとベーシックで鳴っているときは大胆に音域を譲り、ごく高い音域にまわることができるのもピアノの特長です。オケの楽器だったらピッコロくらいの感じです。
YUIさんの歌唱やそもそもアーティストとしての態度やキャラクターには「くるまれてたまるか」というような気骨を感じますが、改めて『CHE.R.RY』を聴くとヴァースの歌唱の甘くくすぐったいほどの柔和なニュアンスに浸されて私の心は春空の海に浮かんでしまいます。こまかく字ハモをかぶせ、サウンドメイクに余念がありません。
ボーカルのハーモニーもストリングスもバンドのベーシックもオープンなサウンドで盛り立てるサビの高揚感は永遠ものです。
2サビが済むと、サスティンと歪みの強いエレキギターのソロ間奏……! と行かないのがシンガーソングライター作品らしいスピーディな展開で良い。もちろんバンドっぽいアティテュードを尊重してギターソロも入るシンガーソングライター作品がいくらあっても良いでしょうが、恋のときめきの刹那性を表現する『CHE.R.RY』は儚くてアッサリした構成のほうが曲にとってグッドデザインでしょう。Ⅶ♭(Fキーにおいて、E♭のコード)に行って大サビというのかセカンドブリッジというのかそれまでにない展開に突入。
蛇足ですが、Ⅶ♭コードとか、『CHE.R.RY』を収録したアルバムのタイトル『CAN’T BUY MY LOVE』とか、そのひとつ前のアルバムのタイトル『FROM ME TO YOU』とか、YUIさんの作品にはオトの面でも文字の面でもロック好きが喜びそうな文脈の片鱗が散りばめられているように思います。
『CHE.R.RY』はボーカルメロディへの非和声音の取り入れ方が大胆(たとえばAメロ冒頭)だったり流麗だったりで、五線の格子を縦横無尽に渡ります。枠すらも外しそうな彼女の芯の強そうに見えるキャラクターが楽曲の細部の意匠にも表れている気がします。


青沼詩郎
『CHE.R.RY』を収録したYUIのアルバム『CAN’T BUY MY LOVE』(2007)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『CHE.R.RY(YUIの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)