部屋とYシャツと私 平松愛理 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:平松愛理。編曲:清水信之。平松愛理のアルバム『MY DEAR』(1990)に収録後、シングルカット(1992)。
平松愛理 部屋とYシャツと私(アルバム『MY DEAR』収録)を聴く
“だけどもし寝言で 他の娘の名を呼ばぬように 気に入った女の子は 私と同じ名前で呼んで”(『部屋とYシャツと私』より、作詞:平松愛理)
その手があったか……と、問題はそこではありません。気に入った女の子がほかにできてしまうこと自体を主人公は否定しません。そのときは、表面上の区別がつかないように自分と同じ名前で呼ぶようにとのことです。これは愛が深い。ひねくれた愛かもしれません。ひねくれた愛ってなんだ。まっすぐな愛なんてこの世のどこにあるっていうのか。主人公と同じ境遇の人なんて二人といないし、主人公が見染めたあなたもこの世でひとり。同じカタチの愛なんてどこにもないのです。その愛にむかってまっすぐだのひねくれているだの失礼な話。
“大地をはうような あなたのいびきも歯ぎしりも もう暗闇に独りじゃないと 安心できて好き”(『部屋とYシャツと私』より、作詞:平松愛理)
最初はその存在感がありがたいかもしれません。でも3年、5年、10年とたっても地鳴りのような歯ぎしりを許せたらたいしたものです。パートナーシップの初期段階で、安心できて好きと率直に云えるのであればきっと大丈夫かな。二人の愛の中身も行く末も私には想像するのみです。愛の真実はふたりのあいだだけに存在するのです。あるいは、ふたりそれぞれに。
“部屋とYシャツと私 愛するあなたのため 毎日磨いていたいから 時々服を買ってね 愛するあなたのため きれいでいさせて”(『部屋とYシャツと私』より、作詞:平松愛理)
さきほどの歯ぎしりのラインで、なにやら公園の滑り台の支柱を棒で叩いたようなカンカンけたたましい音色が鳴り響きました。“時々服を買ってね”のラインのときにはキラン✨と輝かしい効果音。歌詞の内容にあわせて、少しずつ茶目っ気をにじませるアレンジが愛らしい。
「部屋、Yシャツ、私」は「結婚すると変わるもの」のシンボルだといいます。ほかにもいろいろあるでしょうが、この楽曲が目をつけたモチーフはこの3つが中核。ほかにあるとしたらなんでしょう。家計とか? 携帯キャリアやWi-Fiの料金プランとか? なんだかお金にまつわるものばかり想い起こしてしまいます。結婚とか事実婚とかパートナーシップって、最終的にはお金という、皮肉にもこのうえなく現実的で経済的な問題に対するカウンターなのかもしれません。ただ愛の注ぎ合いを純粋にしていたいだけなら恋愛で十分なわけです。
なんだか通帳の数字ばかりが見えてきそうな、映像的につまらない想像をしてしまう私をよそに、平松さんは部屋とYシャツと私というモチーフを大抜擢したのですね。これは慧眼です。
“ロマンスグレーになって 冒険の人生 突然選びたくなったら 最初に相談してね 私はあなたとなら どこでも大丈夫”(『部屋とYシャツと私』より、作詞:平松愛理)
毒入りスープだとか、笑っていいのか怯えていいのか戸惑わせる鋭すぎるウィットを披露したかと思えば、やっぱり愛が深い。どんな冒険にもついていくよとストレートな愛を云ってくれもする主人公の振れ幅とかわいげに「あなた」は心底魅了されているはずです。
“もし私が先立てば オレも死ぬと言ってね 私はその言葉を胸に 天国へと旅立つわ あなたの右の眉 看とどけたあとで”(『部屋とYシャツと私』より、作詞:平松愛理)
私が先立つのであれば、看とどけるのは「あなた」のほうでは? まさか、死んだふりをして右の眉が上がる(うそをついた)のを確認して本音を引き出してから、やっぱりあなた嘘だったのね! と最後にぶちかますのでしょうか。畏れ入る計算高さです。天国……といっているのに、この近くで鳴る効果音が壮絶なクロマティックの下行音形になっているのが気になります。口では天国といいつつ……行き先は地の底? いやいや。考えすぎですかね。
平松愛理さんのぴんとピークの張る愛嬌ある歌唱に免じてなんでも受け入れられてしまう気持ちこそ、主人公にとっての「あなた」の境遇ではないでしょうか。唯一無二のすばらしいパートナーを持った僥倖です。
青沼詩郎
平松愛理 Eri’s Web Roomへのリンク『部屋とYシャツと私 U-35』と題し、35歳以下のアレンジャー公募による新アレンジが2025年6月にリリースされる。
『部屋とYシャツと私』を収録した平松愛理のアルバム『MY DEAR』(1990)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『部屋とYシャツと私(平松愛理の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)