落日の彼方 加山雄三 曲の名義、発表の概要
作詞 :岩谷時子、作曲:弾厚作。編曲:森岡賢一郎。加山雄三のアルバム『君のために』(1968)に収録。
加山雄三 落日の彼方(アルバム『君のために』収録)を聴く
シングルトラックの加山さんの歌声が霧のように深いリバーブの中を哀愁めいてさまようよう。どんなリバーブなのでしょうか。現代の個人の録音好きはみんなデジタルのなかに再現されたエフェクトでリバーブを工面してしまうでしょうが、加山さんの『落日の彼方』は60年代後期のスタジオ作品です。プレートリバーブとかなのかな。畳数畳ぶんもあるような要塞みたいな機構によるリバーブなのか……実機でないと真似の効かないサウンドに思えます。あるいはアナログの録音手法、あらゆる録音環境が、完成までに介入するあらゆる工程がこのサウンドにつながっているのを思います。
左のほうにタシっとキレと響きの爽やかなドラム。ベースはズウンと深い、この時代の加山さんのサウンド、あるいは数多のGSバンドで聴くような性格のベースのサウンドです。
スチャっと短くカッティングを置くエレキギター。
性格が強いのは古楽器です。チェンバロなのでしょうか。チミチミと絢爛な響き、そしてパっと音の切れるタイトさも併せ持ちます。クラシカルな様式から醸し出される唯一無二の音色は数百年をまたぐ寂寥を連れて来ます。
右のほうにはチロチロとグロッケン。フォウンと隠し味的にビブラフォンもいるのかどうか。輝きを添えるタンバリンも右定位でしょうか。
ABA形式でワンコーラスを成す構造で、Aが帰ってきたときにただようストリングスの情感豊かなことったらない。素敵です。
このアルバム『君のために』は12曲中、本曲『落日の彼方』を含む10曲が森岡賢一郎さんの編曲。かの巨星の如き名曲『君といつまでも』も森岡賢一郎さん編曲。若大将のサウンドイメージを作っている影の立役者……功労者……いえ、あるいは若大将を抱く母なる海こそが森岡賢一郎さんだと定義しても過言ではなさそうです。
『落日の彼方』Bメロになるところで所謂“バイテン”(倍のテンポ)、リズムパターンの縮尺がぎゅっと詰まって、通常1小節中2回:2・4拍目のオモテに対して入るスネアが、1小節中4回:各拍のウラにスネアが入るパターンになります。情感豊かに、さびしげに歌う悠然とした曲想に独特の緊迫感と起伏を与えるアレンジメントがムダのない言葉(歌詞)やメロディの背景を豊かに劇的に彩ります。
歌詞 とこしえと刹那のレイヤー
“恋人の白い胸を バラいろに染める夕陽 あの太陽が消えるまで 波にゆられて歌おう 明日は明日この愛は 今日だけで燃やそう”(『落日の彼方』より、作詞:岩谷時子)
夕陽の色を赤、でなくバラの色に例えることで絢爛優美な幸福感、あるいは欲望が叶い溺れてしまいそうな危ういまでに深い充足を想像させます。愛も毎日代謝するもの。今日の糧は今日の糧、今日の愛は今日の愛。毎日愛はからだをとおって地に空に消えて巡るものなのです。愛の永続性を歌う大衆歌が万とあれば、その刹那性を歌う大衆歌も万と生まれて自然なもの。愛の光があれば、その影のほうを映すのがこの『落日の彼方』でしょう。
“とこしえに時が帰る 太陽の沈む海で”(『落日の彼方』より、作詞:岩谷時子)
2回あるコーラスをしめくくる共通の真理を描くワンセンテンスです。目の前の海に太陽が沈む光景は5000年前からでも繰り返されてきたはず。気が遠くなる時空な気もしますが、この歌を聴いていると一瞬に思えてしまう。とこしえと刹那の重ね合わせが透けて見えます。
青沼詩郎
『落日の彼方』を収録した加山雄三のアルバム『君のために』(1968)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『落日の彼方(加山雄三の曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)