まえがき 正直な真理、金(カネ)。

(根音から)短3度から長3度の音程へずり上がるブルージーなピアノリフ、しかもハモっているのがなお印象的でこの曲のアイデンティティを強く示します。お金がもたらす恩恵が象徴する光の側面や、人の欲を露わにする無慈悲な陰の側面の両方を意匠したように思えるほどです。 バレット・ストロングのモノラルのシングルバージョンは、エレキギターやベースの類がずぶずぶブスブスいっているようなサウンドで、入っていなくともまるでサックスがいるようなぶりぶりした質感を覚えます。タンバリン、声高なレスボンス・オブリのボーカルが若々しくキャイキャイしています。元気よし。

バレット・ストロングのものはFキーくらいに聴こえますが、最も有名なカバーであろうビートルズはEキーで竿物楽器が映え、ジョンのパンチの効いた声質、激しい歌唱表現とコンディションの良さが堪能できます。ギターのグモグモと揺さぶるローリング感にピアノのタテ揺れ感が合わさり、ハンドクラップや息の合った瑞々しいバックグラウンドボーカルが囲います。

唱えあげる主題は「金(カネ)だよ、金」……といったところか。すべてのものは金に行きつき、金はすべてのものへ至る……万物は対面通行の切符なのかもしれません。 この楽曲はモータウンの初ヒット作とも表現されることがあるようです。金を主題にした曲で金を呼び込むのに成功するとは、あまりに世の巡り合わせは正直すぎやしませんか。

Money (That’s What I Want)  曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:Janie Bradford, Berry Gordy。Barrett Strongのシングル(1959)。有名なカバーとして挙げられるビートルズは『With the Beatles』(1963)に収録されている。

Barrett Strong Money (That’s What I Want) (『Motown Greatest Hits』収録)を聴く

パンチや質量感があって、なおかつ身のこなしは軽くて動きのあるリードボーカルよし。

おや?と思ったのはスネアのスナッピーをおろしたサウンドをもっぱら用いているドラムスです。トコトコと、余韻が開放的。なおかつ、エスニックな太鼓のようなニオイ、あるいは士気を昂らせる勇ましい怒号のような響きも備えています。スネアの表現力の幅って本当に宇宙ですね。大好きな楽器のひとつです。

そんなスネアの放つ臭気がうろつく地表の上空ではシンバルのオープンなサウンドが明瞭で華やかです。ベースやエレキギターがなんだかズブズブと、へばりつくようなねちっこさ、ズモズモっと布団に沈み込むような独特の質感があるので、このシャリっとしたシンバルの粒だちがみずみずしさをくれます。

またバックグラウンドボーカルのみずみずしいこと。キビキビとしていて、リズムのシマリが良い。マイクが遠いのか、あるいはアナログレコーディングでロー(低音域)が落ちるせいなのかわかりませんが、子犬がキャンキャン喜びをまきちらすみたいな軽さがあります。リードシンガーの存在感・質量感に対して、このバックグラウンドボーカルの甲高いフィールにはっきりとした主従関係が読み取れ、「金(money)」の主題・その観念の真理をこんな些細な特徴にまで見出してしまいます。

タンバリンが自由で嬉々としていて良いですね。激しい。片手で楽器本体をホールドしてもう片方の手で叩くにはあまりに激しい。もちろん無理ではないだろうけれど。どんな風に演奏しているのでしょうか。お金が招く主従関係をヨソに、好き勝手盛り上がっている奴がいる。そんな風景も当然、この世の真理の一面に思えて、私はこのタンバリンの気ままなふるまいが大好きです。

The Beatles『Money (That’s What I Want)』(アルバム『With the Beatles』収録、2009 Remaster)を聴く

恍惚です。陶酔があります。ビートルズが圧倒的なライブバンドであることの証明です。熱狂の渦が時空を超えたリスナーの心臓の周囲までかきまわすのです。

ジョンのねばりけのあるリードボーカル。バックグラウンドボーカルもレンジの広さがあって、はつらつとしているしそれぞれにハジけたノリもある。バックグラウンドの下ハモのへばりつくような、頑固に動かないような同音連打や音程の保留感にビートルズらしさ:はんこを感じもします。

ドラムスの、タムの連打を効果的に使った演奏も曲面にふさわしい表現をかぎつける感性の良さを思います。フィルイン要員として用いられがちなタムも、ときには拍子や分割の表現のために動員してやることで独特の臨場感・緊迫感を演出しうるのです。ドラムのグルーヴに縦揺れ横揺れの複合を感じるのです。ロックンロールだね。

Ⅰ、Ⅳ、Ⅴとスリーコードしか出てきません。右側に位置したピアノが、それぞれどのコードが鳴っていてもイントロのおきまりのリフレインを弾いており、バンドのサウンドに濁り、よどみをもたらします。半音進行でずり上がるような音形を含むリフなので濁って当然とも思うのですが、これがぎりぎりの許容ラインで、バンドのサウンドの緊張感に貢献しているのです。左寄りのエレキのサウンドと対になって私の脳髄に通電します。

バレット・ストロング氏の、モータウンレーベルでの成功。それからビートルズによるカバーでの圧倒。どんだけの金を動かしたんでしょうね。仕事の矢印に沿った金の動きと人の動き、その運動量はほぼ比例なのだと思います。株の売買だとかは知らんけどね。

青沼詩郎

参考Wikipedia>マネー (バレット・ストロングの曲)バレット・ストロングウィズ・ザ・ビートルズ

参考歌詞サイト JOYSOUND>Money

Barrett Strongの『Money (That’s What I Want)』を収録した『Motown Greatest Hits』(2019)

The Beatlesの『Money (That’s What I Want)』を収録した『With the Beatles』(2019)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】万物は対面通行の切符 Money (That’s What I Want) (Barrett Strongの曲)ピアノ弾き語り』)