まえがき
フランシス・レイの『白い恋人』など思い出させる、短調の沈痛なフィールとモチーフ(音形・リズム形)の反復が意匠的です。一定間隔の低音位の跳躍で進行していく和声も機能的。しゃわしゃわとギターがやわらかく降り注ぎ、オルガンがホヨホヨと揺らぐ線を描きこみます。タスっと短く、ミュートの効いたドラムスのサウンドがストリングスの語彙豊かなモチーフの叙情を引き立てます。山本潤子さんのリードボーカルの平静な抑揚、表現が精緻で、ダブルトラック(ユニゾン)になってもブレがなく、よりいっそうボーカルラインの孤独感と光の強まりを印象付けるのがグっとくるところです。赤い鳥のセカンドアルバム収録曲で、カバー曲も多い13曲構成の一番最後に位置し、「ルルル」……と歌いながらフェイドアウトしてアルバムをフレーミングします。「小さな歴史」の連なり、房を「大きな歴史」が括るであろう、世界や時空の構造を思わせます。
小さな歴史 赤い鳥 曲の名義、発表の概要
作詞:山上路夫、作曲:村井邦彦。赤い鳥のアルバム『RED BIRDS』(1970)に収録。
赤い鳥 小さな歴史 を聴く
右にアコギが寄っていて、しゃわしゃわと和音のストラミングやアルペジオ。ときおりオブリ、細かいフィルインのトラックが私の意識に浮き上がってきます。ストリングスもちょっと右寄りでしょうか。伴奏の語彙が豊かです。ときおりチェロパートが流れる景観のなかに見切れるように艶めきます。
左寄りにベースとドラムが定位。ドラムの短い余韻のサウンドが、叙情的で悠然と流れるボーカルメロディ、曲そのもののキャラクターにやさしく縦の指標の杭を打っていきます。
撫でるような男声パートの歌唱の質量感が豊かで、ちょっと内臓をこちょばされたかと思うくらいなメロメロな愛撫感です。小さいイヤフォンやスピーカー、雑音や環境音の多い条件で聴くと山本さんのリードボーカルの存在感が強いのですが、静かな環境でヘッドフォンをして聴くと、支える諸パートの質感、それらのおり重なる前後感が非常に豊かです。
短く、ルルルの歌唱でサっとフェイドアウトしてしまう。未来が待ち遠しい感じもします。
“風が私の 本のペイジを 音も立てずに めくるのよ 二人目を閉じ 椅子にもたれて 時の流れに ゆれてゆくの いつかは二人の 若い日も 消えてゆく さだめなの こんなわずかな ひとときだけど 愛の歴史を きざんでるの”(『小さな歴史』より、作詞:山上路夫)
現実に、主人公の所有品の本のページを外からさしてくる風がさらさらぴらりとめくっているのかもしれませんが、人生の比喩に思えるのが味わいです。本=主人公の人生、その奇跡。一枚いちまいは、その日々や日々の具体的な出来事の象徴でしょう。
ちょっと受動的な姿勢を感じます。時が矢のようにすぎさることの無情さを嘆いているように感じるのです。ですが、だからこそ、些細な時間の積み重ねであっても、尊重する大切な人との時間を愛しく思う心情が歌詞に表れていると感じます。あるいは、その大切な時間を回顧しているようなせつなさが薫のは、短調のこの曲がもつ独特の風合いです。
青沼詩郎
『小さな歴史』を収録した赤い鳥のアルバム『RED BIRDS』(1970)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】孤独な光の強まり 小さな歴史 (赤い鳥の曲)ギター弾き語り』)