執念の想いを括る
“だけど…… こころなんて お天気で変わるのさ 長いまつ毛がヒワイね あなた 罪な目つきをしてさ「命あげます」なんて ちょっと場末のシネマしてるね”(『六本木心中』より、作詞:湯川れい子)
え? と二度見させる歌詞が絶妙です。まつ毛などは、男性にとっては素であることになんの疑いをもたない部位であり、そこを指してヒワイだなんていわれても言いがかり以外の何ものでもありません。それなのに、猛烈にわかりみが深いのです。目は雄弁であり、目は口ほどにものを言うなどとの言語表現、慣用句がありますが、まつ毛はそれ以上に本心を隠せない部位なのか、あるいは観察者による過剰な評価・偏見のラベリングなだけか。
「ちょっと場末のシネマしてるね」などという唯一無二の奇特なフレーズは言葉の職人であることに命をささげた人のみに許される天啓ではないでしょうか。
直線的で挑戦的なビート、サウンドは伊藤銀次さんの編曲によるものです。作曲は矢沢永吉さんのバックバンドメンバーとしても知られる相沢行夫さん&木原敏雄さんによるバンド、NOBODY名義。
「ろっぽんぎしんじゅう」と読みますが、楽曲の内容は「しんちゅう」:心のなかとも解釈できるでしょう。極端に入れ込む思いの強さ、こだわりや執念を「しんじゅう(心中)」というギクっとする単語を街の固有名詞に括った主題が表現します。
都会のさびしさ、相容れない男と女の禅問答を永遠に思える透明さと絶対的な強さで表現する作詞作曲編曲演奏歌唱にしびれてください。
六本木心中 アン・ルイス 曲の名義、発表の概要
作詞:湯川れい子、作曲:NOBODY。アン・ルイスのシングル(1984)収録。
アン・ルイス 六本木心中(『アン・ルイス・グレイテスト・ヒッツ』収録)を聴く
ギター類の臨場感がすごいです。絵画を収めるフレームが立体的で、極端に厚みがある感じ。ギターとベースがオクターブのユニゾンで長い音符を置いていく展開が圧巻です。
奥行きのある額縁のなかに、アンさんの歌声が、所在なさげに、都会の漂流者みたいにさびしくこだまします。こんなにも肉厚なボディガードにかこまれているのに、心の接触はそこにはないかのような溝。都会は溝なのです。一個いっこの小さなくぼみに個人どうしを隔絶しはめ込んでいく巨大なレーンです。
そんな寂しさと無力感を覚えていると、後半におや?と思う展開があります。
3分44秒頃“うぬぼれないで”、3分57秒頃“CAN’T LIVE WITHOUT YOU BABE”、4分23秒頃“CAN’T LIVE”あたりをそれぞれの節目に、楽曲がエンディングに向かうにつれ、ボーカルの質量感が増してきて、厚みのあるフレームの奥から徐々にこちらに向かって飛び出して迫ってくるように感じるのです。
歌唱のニュアンスなのかもしれませんし、ミックスやマスタリングによるところもあるのかもしれません。男声のバックグラウンドボーカルなどが入って来て、編曲上の意図として熱量を増しているのはもちろんのことではあります。これが、心中(しんじゅう)……都会の溝に身を投じるカウントダウンの進行のように感じられるのです。緊張感がたかまり、ヒリヒリします。
そして本当に心中(しんじゅう)に至るのかどうかはフレームの外。エレキギターのソロが都会の非情さの度合いを高らかに歌い上げ、結末は六本木の誰も知らない最深部に埋め立てられてしまうかのよう。
退廃的な耽美を感じるのも、アン・ルイスさんの音楽の魅力の一面だと思います。
青沼詩郎
アン・ルイス ANN LEWIS Official Channel
『六本木心中』を収録した『アン・ルイス・グレイテスト・ヒッツ・ウィズ・カヴァーズ』(2018)。ディスク2にはアン・ルイスによる英語歌唱バージョンの『Roppongi Suicide』を収録。ほか、ディスク2は楽曲提供者らによるカバーなどを含んだ豪華な内容です。アン・ルイス・グレイテスト・ヒッツ・ウィズ・カヴァーズ Special Siteをご参照ください、豪華な内容の詳細がわかります。
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】執念の想いを括る『六本木心中(アン・ルイスの曲)』ギター弾き語り』)