まえがき
アン・ルイスさん『六本木心中』を鑑賞して作曲者:NOBODYを知りました。NOBODYは矢沢永吉さんのバックバンドメンバーを務めたことでも知られる、相沢行夫さんと木原敏雄さんによるバンドです。『六本木心中』ではNOBODY名義で作曲を担当していますが、矢沢永吉さん『世話がやけるぜ』ではNOBODYの木原敏雄さんが作詞者を担当しています。 『世話がやけるぜ』は矢沢さんのサードアルバム『ドアを開けろ』のオープニングを華やかに印象付ける1曲です。異様に張り詰めた管楽器が象の雄叫びのように叫び散らし、ベースがグルーヴィに筋肉を弾け散らすダンサーのようにふるまい、ベースの軌道に等間隔に枕木を敷いていくかのようなドラムが長く果てしない王道を思わせ、矢沢さんの表現・想いの目指すところに向かう街道のど真ん中に奥行きのある画を打ち立てます。 バンドメンバーとの協闘によって、矢沢永吉ソロ名義であっても周囲を巻き込むバイブレーションを会得した快さがほとばしります。
世話がやけるぜ 矢沢永吉 曲の名義、発表の概要
作詞:木原敏雄、作曲:矢沢永吉。矢沢永吉のアルバム『ドアを開けろ』(1977)収録。
矢沢永吉 世話がやけるぜを聴く
雑踏のなかでイヤフォンなどで聴いているとベースやドラム、管楽器などに注意がいきますが、ヘッドフォンで聴いてみると響きの胴体をピアノが盛大に支えていることに気づきます。もちろんリズムのテクスチャにも多大に貢献しているでしょう。ベースやドラムの音が明瞭で近い感じなので、ピアノのアコースティックな響きがあることで前後感のバランスもとれます。
また目立って感じられる管楽器にもちゃんと前後感があって、決して永ちゃんとリスナーの間を遮ることなく、ステージの少し奥から聴こえる感じです。
矢沢さんの歌唱のフェイクがすさまじく、一本の時間軸にあるリアリティがあります。スタジオ作品といってもまるでスタジアムライブの1発収録のような高揚感があります。
エンディングの唇が裂けてしまいそうなくらいの管楽器の猛烈な高い音域のシンコペーションが、あの娘を追いかけ、会うために奔走する主人公のカタルシスの暗喩でしょうか。チャッチャ!とハンドクラップが入って取り巻きも二人の顛末を見守り、茶化し、面白がった上で祝福するかのようです。
ストイックでカリスマ的なイメージが矢沢永吉さんについてまわるのが私の偏見なのですが、『世話がやけるぜ』歌詞の描く「お前」はあわてたり青くなったりと、私のなかにも住んでいる他者との関わりに翻弄されるありふれた人格です。その人格をさして「お前」と歌う主人公がストーリーテラーなのですが、あるいはこのストーリーテラー、あるいは矢沢永吉さん自身の中にもいる、やっぱりありふれた弱さを包含した人格が『世話がやけるぜ』の中で青くなったりあわてちゃったりしている「お前」なのです。
誰の手も届かないパイオニアで革新の求道者でありながらも、肩をならべて日常の嘆きを交わしあうような親近感をも併せ持つところが矢沢永吉さんの魅力だと思います。「いなたい」、とか「いもっぽい」なんていえば極端かもしれませんが、普遍性を己の背景に包含し、抜きん出た挑戦に出ることこそがロックンローラーなんですよね。
青沼詩郎
『世話がやけるぜ』を収録した矢沢永吉のアルバム『ドアを開けろ』(1977)