2段階を象徴する物体
ピッポ、ポ、ポ……機械的なリズムで電子音が鳴ります。メトロノームでしょうか。女の子の声が所在なさげに、どこか不安そうに歌います。声色(こわいろ)の揺らぎに、大丈夫だよ、君は大丈夫だよ!と応援したくなります。
シュワシュワ、というべきか、ゾゾゾゾゾ…というべきか、何かのトラックにフェイザーやディストーションがかけられているのか、常に気流がうごめくみたいなノイズが鳴っています。メトロノームの音色もアナログ風味に歪んだ質感です。
ゆらゆら帝国の楽曲を、初めての人がこの曲からいきなり聴いたとしたら…ゆらゆら帝国、一体何者?!となることうけあい。
そして、大丈夫だよという声の主が顔を出すかのように、バンドのボーカルの坂本慎太郎さんの歌声がオクターブ下に一部だけあらわれます。しかしどこか無感情。そう、ゆらゆら帝国のスロー・ミッドものの楽曲の魅力は、感情どこに置いてきた?! とつっこみたくなるくらいの、フラット(平坦)な印象のボーカルや演奏表現にあります。激しいレパートリーは本当に激しいだけに、不安になるくらいの振れ幅でリスナーを振り回すのです(やってくれる)。
ローファイのほうに走るかと思えば、雅(ミヤビ)な音色でオーボエなど入ってきます。あれ、私はクラシック音楽を聴いていたのだったっけ…? そう、いいではありませんか、ゆらゆら帝国がクラシックだったとしても。そんなラベリングはこのぽつんと一つのボタンの前では無意味でしょう。
ボタンはゼロか1の2段階を象徴する物体。オンなのかオフなのかどちらかです。半クラッチなんてものはありません。

ボタンが一つ ゆらゆら帝国 曲の名義、発表についての概要
作詞:坂本慎太郎、作曲:ゆらゆら帝国。ゆらゆら帝国のアルバム『ゆらゆら帝国のめまい』(2003)に収録。調性メモ:in C、BPM=87くらい、4/4拍子か。
諦観は夜を貫く串
“感情発火装置 単3電池が2個 完結されない恋のゲーム 今、目の前に ボタンが一つ ボタンが一つ”(『ボタンが一つ』より、作詞:坂本慎太郎)
このボタンを押したらどうなるものか。アントニオ猪木ではありません。単3電池2個は家電のリモコンの裏側などに仕込まれていそうな規模感。
ボタンを押したら、恋が完結する? 恋の完結とは何か。愛に昇華することか。関係を断つことでしょうか。
平静な演奏や歌唱のニュアンスは、努めて感情を抑えている結果だとしたら?
本当は爆発したがっているのを我慢しているのだとしたら?
その爆発の抑制を解くのが、この単3電池2個で動きやがる謎のボタンだとしたら?
“意味の無い夜 疲れはてた この恋は二人を変えた 悲しいことだけど”(『ボタンが一つ』より、作詞:坂本慎太郎)
C、E、Amを繰り返すコード進行を中心につづるAセクションから、Dm→G(Ⅱm→Ⅴ)系のパターンに伴奏が変化するところをBセクションとしてみましょう。「意味の無い夜」と、「この恋は二人を変えた」というふたつのフレーズは、やや相容れない気もします。だって、登場人物に変化をもたらしたのだったら、それは意味のあることに思えるでしょう?
これはただの並列なのでしょう。「意味の無い夜」「疲れはてた」「この恋は二人を変えた」と並ぶ。私のほうで「」(かっことじ)にさせていただいた3つのフレーズは、それぞれに独立しているのです。これら歌詞にならぶ語彙の分断こそが、この楽曲の虚しさの正体です。
意味の無い夜、は無限に、古今東西で繰り返される。
疲れはてた、との嘆きもあらゆる都市の、村々に夜毎浮かぶであろう。
この恋は二人を変えた、との事実もまた不変。恋は己の革新に向かう衝動だから。
そしてこれら3つのフレーズを、「悲しいことだけど」と括ります。なんだか、幸せも含めて人生は悲しいもののような気がしてきます。諦観は夜を貫く真理の串。
青沼詩郎
『ボタンが一つ』を収録したゆらゆら帝国 のアルバム『ゆらゆら帝国のめまい』(2003)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ボタンが一つ(ゆらゆら帝国の曲)ギター弾き語り』)