悲しみの球体
堺正章さんの情感にうるおいのある歌唱がリードします。
橋本淳さん・筒美京平さんの諸作品、その数は多いですがこちら『真珠の涙』はスパイダースのギタリスト・かまやつひろしさんが作曲を担当。筒美京平さんは編曲を担当されています。バックグラウンドボーカルにかまやつひろしさんの清涼なハイトーンがいるのが感じられます。
ハープなのかハープシコードなのか、ポロロンと古楽器の哀愁がバロック・ポップ(ロック)のような趣。時空を超える思念漂うようです。いっぽう、ミャーンと漂うオルガンのサウンドはまるで雅楽に使われる「笙」みたいにも思えて、東洋的な魅力も薫る錯覚がします。パカっと乾いた質感のエレキの2・4拍目のストロークが的確にビートにスケールを敷きます。「tu tu tu」……とも聴こえるバックグラウンドボーカルはビートルズの『Girl』のオマージュのようでもあり、音楽の語彙や文脈のコラージュのような趣は筒美京平さんによって計算されたものでしょうか。
“海の底から 帰らない人”(『真珠の涙』より、作詞:橋本淳)のフレーズが、深く沈み込み、氷海することもない絶対的な悲しみの象徴:真珠の涙を思わせ、タイトルコールの予備のような意匠になっています。前半のヴァースで“僕の涙はつめたい真珠”とのフレーズがありますし、エンディングで明らかなタイトルコール“真珠の涙”とのボーカルによるリフレインがなされ、大衆音楽として主題をはっきりと語る分かりやすさが魅力です。
“ぼくの浜辺に きれいな月が のぼる夜には 戻っておくれ”(『真珠の涙』より、作詞:橋本淳)と、己の充足や幸福の実現度を月の輝きやフォルム・質感に投影する作詞による描写は最近このチャンネルで取り上げた加山雄三さんの楽曲『淋しい二人』の3番:“会って間もない君と 恋に破れた男が やせた月みて ながそう かわいた涙を”(『淋しい二人』より、作詞:岩谷時子)にも通ずるものを感じます。
I love youを「月が綺麗ですね」と訳す……などという夏目漱石さんの伝説は余談かもしれませんが、日本の表現界隈は月を好んでモチーフ(比喩の手がかり)にするものだなと実感します。見る時によっていつも違う姿をしていて、異なる印象をもたらすところが魅力なのでしょう。なんだか人間のふるまいみたいですね。魅力的な人って、いつもいろんなように、いろんなふうに違って見えるではありませんか。振れ幅があって、観察するたびに発見に満ちているのです。
真珠の球形も、月に似ているかもしれませんね。
真珠の涙 ザ・スパイダース 曲の名義、発表の概要
作詞:橋本淳、作曲:かまやつひろし。ザ・スパイダースのシングル(1968)。
ザ・スパイダース 真珠の涙(CD『ザ・スパイダース:コンプリート・シングルズ』収録)を聴く
堺さんのリードボーカルの、ちりちりちり!と強くちぢれるようなビブラート、高音にかけてのシャウト感、哀愁には素晴らしいものがあります。
ボーカルトラックがリード以外も鮮やか。エンディングでのタイトルコール「真珠の涙」のフレーズを繰り返すときは低いハーモニーパートもあらわられて、海に深く沈んでしまった悲しみの結晶を思わせます。それ以外にも非常に高い音域の歌詞のハーモニー「ah」系の発声など豊かで鮮やかな演出に余念がありません。フルートが交い、ストリングスもいます。ピアノがぽろろんと孤独な音色を浮かべる。ハープなのかハープシコードなのか、古楽器系の撥弦楽器の音色はサビシイ哀愁があります。小型の楽器なのでしょうか、あまり大袈裟なコンサートサイズのハープではない感じがします。ライアーみたいな、可搬性の高い、持って掲げられるようなタイプの楽器なのかどうか。
ドラムとベースのグルーブが至高です。ドラムは少し右に定位していて、全体と調和する音量バランスでありながら、闊達な手捌きが克明にわかります。キックの16分割のハネた感じかた、ウラウラのひっかけ方が素晴らしい。ブンブンとブーミーに気持ちよく鳴るベースとともにバンドを牽引します。スパイダースは心底バンドとしても秀でています。かまやつさんと橋本さんのソングライティングと筒美さんの編曲・サウンド、グループの演奏力のすべてが協調している名作だと思います。
青沼詩郎
ムッシュかまやつWEB記念館>ザ・スパイダース・コンプリート・シングルズ
『真珠の涙』を収録した『ザ・スパイダース:コンプリート・シングルズ』(1999年。2008年再発)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】悲しみの球体『真珠の涙(ザ・スパイダースの曲)』ギター弾き語りとハーモニカ』)