悲しい恋の末路
森山良子さんが歌った『禁じられた恋』(1969)の参考元だという『黒百合の歌』。イントロ付近の「タタタタタッタ……」という独特のリズムパターンと、恋にぞっこんすぎるあまりの悲観的な雰囲気に共通性を感じます。
『黒百合の歌』は松竹映画『君の名は(第二部)』(1953)の主題歌で、織井茂子さんが歌唱。この映画は同名のラジオドラマから生まれた映画です。ラジオドラマは当時大衆の娯楽として中心的だったようで、違う家庭に育った年齢の違う人でも同じ番組に触れているというくらいに共通の関心事だったのかもしれません。森山良子さんの『禁じられた恋』が世に発表された時代は、ラジオドラマを聴いて育った世代が社会に出て活躍している頃合いだったかもしれませんね。
歌詞の主たるモチーフ、曲名になっている黒百合は北海道などに分布する植物です。暗褐色というのか、独特の深い色の風合いがネット検索だけでも多少認知できるので見たことのない人は検索してみてください。花に人が寄せる意味あいとしては、呪い、復讐などのちょっとドロついたギョっとするような意味あい、あるいはアイヌの伝説に由来する「愛」の意味もあるそう。また「淫魔の草」とも呼ばれるとか。
映画『君の名は(第二部)』のロケ地が北海道で、東京からやってきた登場人物(春樹)にアイヌの娘(ユミ)が恋をしてしまう、というあらすじを題材に表現していると思われるのが『黒百合の歌』。春樹には別の恋の相手(主たるヒロイン、真知子)がいるし、ユミには婚約者がいます。また春樹と真知子の間にもさまざまな壁たる要素があるようで、そうした『君の名は』のイケズな悲劇感が楽曲の雰囲気(アイデンティティ)に強く影響を与えていると思います。
歌詞に登場するニシパというアイヌ語は「だんな」といった観念で解釈すると良いようか。地位のある男、一人前の男、紳士、といったイメージも解釈を助けるかもしれません。夫を指すとか恋人を指すとか兄弟をさすとか、あるいは「ニシパ」と呼ぶ対象が実際には夫や恋人や兄弟でなくてもそれを匂わすニュアンスでわざとつかわれるようなこともあるとか、非ネイティブには勉強が要りそうな深みがあります。
アイヌの娘・ユミは春樹に恋の相手(真知子)がいることを知り、摩周湖に身投げして亡くなってしまいます。命の花まで散らしてしまう結末を黒百合の「黒」の字が背負っているように思えてきます。
黒百合の歌 織井茂子 曲の名義、発表の概要
作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而。織井茂子が歌った松竹映画『君の名は(第二部)』(1953)の主題歌。
織井茂子 黒百合の歌(Apple Musicで配信『スター☆デラックス 織井茂子 君の名は~黒百合の歌』収録)を聴く
指揮者がいるのでしょうか。歌手の即興的なソロ「ア、ア、アアア……」の部分が、一定のテンポの秩序を一時的に停止させひとり孤独な精神に焦点を当てるかのよう。言葉にならない想いが「ア、ア、ア」に宿って思えます。
歌詞が あたしが死んだら ニシパもね の部分の直後に、オケの間奏があるのですがその部分のダイナミクスが一番強く感じるのです。あたしが死んだら……というギョッとする歌詞表現のあとに、その想いの衝動性を受け継ぐみたいなオケのダイナミクスに意図を感じます。
オケのなかで、ピッコロのオブリガードがぴよぴよと可憐で身軽な音色でよぎります。そのモチーフの低い音域に別の木管がオクターブ違いのユニゾンで加わっていたりします。娘とニシパのダンスでしょうか。
織井茂子さんの歌唱は堂々として、恋に猪突猛進な、それこそ黒百合の暗褐色のような、暗さのなかに艶めきを秘めたような怨念じみたエネルギーがあります。織井茂子さんが歌うほかの曲もコンピレーションに入っているので色々聴いていくと、素晴らしい歌手である事実に気づくのはたやすいでしょう。1950年代に活躍した歌手は誰かときかれるとぱっと私が思い浮かぶのが美空ひばりさんですが、織井茂子さんも時代を象徴する特筆すべき存在であるように思えます。
『君の名は』の登場人物たちのドラマには、時代背景として東京大空襲があります。戦後なんですね。直後の空気がフィクション(ものがたり)の設定としても必然性を持って敷かれているのです。そこを行き交う人たちなりのドラマが創出され、こうした重く悲しい雰囲気の大衆音楽も生まれる必然があったのでしょう。
青沼詩郎
『黒百合の歌』を収録した『スター☆デラックス 織井茂子』(2013)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】悲しい恋の末路『黒百合の歌(織井茂子の曲)』ギター弾き語り』)