獅子の心臓のように
男女混声のリードボーカル。畳野彩加さん(Homecomings)を迎えます。『コトコトことでん』(2020年12⽉25日)での共同も記憶に新しいですね。
『Regulus』は主旋律をオクターブ違いのユニゾンで、曲中のほとんどのラインを通過していきます。2本の筋を1組の基本単位とする「レール」の観念を思わせます。
ボーカルのリズム形は「(タ)|ター・タター・タ」と非常にシンプルでコンパクトな単位の反復を基本とします。その特徴が自然と導くかのように、メロディラインの起伏が非常に豊か。かつ声域が広く、歌い出しは極めて低いところから、曲が進むにつれて星空に届かんばかりに高いところまで浮かび上がります。己の足元を深く掘り下げ出自を問い直し、どこまで行けるか到達点をはるか遠い宇宙まで求めるような希望に満ち、颯爽とした活動的な曲調が魅力です。

レグルス(Regulus)は獅子座の心臓にたとえられる一等星です。日本でおおむね一年中観測できる天体のようですが、3〜5月が良いシーズンだそう。一等星としては最も暗いともいわれます。その星の見た目から、獅子のような静と動の振れ幅を秘めた独特の佇まいがイメージできそうです。楽曲の華やかさと風格、スピード感からして『Regulus』のネーミングがなおさらピッタリに思えますね。
“レグルスは白く輝き始める いつか望みを叶えるとしても 夢から醒めると忘れてしまうと 遠い昔の星は知っている”(くるり『Regulus』より、作詞:岸田繁)
星と願いの観念はなぜこうも近いところにあるのでしょう。人の一生それぞれがまばたき一回分の刹那の夢に喩えられる、遠い昔の星から見た尺度がうかがえます。私たちの地球からみることのできる星の姿は、実際にはその遠さに応じて遅れが生じています。
獅子座のレグルスについていえば77年前の姿であるようです(つまり77光年の距離にある)。まだ現実的に私のイメージが及ぶ、つまり手が届きそうで届かなそうで(もちろん実際に77光年先の星に私が触れるのは無理でしょうけれど)……そんな距離にある星の好例かもしれません。
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【ミュージックビデオ】 くるり – Regulus を視聴する
父と娘の距離感の悩みは、実は二人のあいだで共通しているようです。父娘二人の個別の問いかけに応じるのは “ChatQRL”。めざといファンをニヤつかせる斜め方向のカメオ出演? あり。レグルスは獅子座の心臓と喩えられるストーリーに着目してか、仁朗(父)の心臓に異変が……。床に伏した彼の手をひかり(娘)が握ります。そのとき彼が夢に見ていたのは一緒に見上げた星空(レグルス)の記憶のもよう。
コミュニケーションを試みるぎこちなさ、身体の異変の兆候などをたっぷりの間(ま、タイム感)で演じる仁朗(父)役は井浦新さん。ひかり(娘)役は水野響心さん・松山愛さん(幼少期)、監督は東市篤憲さん。キャスト、スタッフなどについての詳細はYouTubeの概要欄やくるりの公式サイト(くるり、井浦新と水野響心が出演する 楽曲「Regulus」ミュージックビデオを 本日、24時YouTubeプレミア公開決定。)をご覧ください。
Regulus くるり 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:岸田繁。くるりのシングル(2025年10 月10日)。アルバム『儚くも美しき12の変奏』(2026年2月11日)に収録。
くるり Regulusを聴く
疾走感と響きの銀河
勢いがあります。BPMにしたらいくつくらいだろう(145くらいかしら)。悠然と地平を望むようなおおらかな美曲もくるりの近作には多いですが、『Regulus』のサウンドに私は列車の車窓からの目の前を流れる景色を想像します。自分が宇宙をさすらう一等星・レグルスの身になって、人間の小さく瞬きのような人生がめくるめく流れ去っていくようなスケール感を思わせて美しい。
バスーン(高島翔大さん)とフレンチホルン(米崎星奈さん)、加えて遠い文明から降り注ぐ言語で歌ったみたいな可憐なバックグラウンドボーカルが織りなす響きがまるで万華鏡。冬の澄んだ空気のもとに望む天の川、銀河の溶け合った星空のマーブル模様ですか。あるいは七色のオーロラを幻視する気分です。
疾走感を掌握するのはベースの8分ストローク。ブブブブ……と粒の安定と量感。ドラム(あらきゆうこさん)の強拍を決めるクラッシュシンバルのなんと快いことか。タンバリンという楽器はこのためにあったのだ、と思うくらいに欲しいところで16分割を刻みます。
倍音豊かなギターのドライブ感が響きの質量を構築します。印象的なイントロは、箱ギターの生鳴りとアンプに出力した音の両方をミックスしたような音に私には聴こえます。輪郭と奥行きを併せ持つ情緒豊かな響きの霞を突き破るように、勢いよくドラムスがイン。幾星霜を超えて君を待っていた!感あり。
イントロのギターフレーズは4/4拍子に3つのまとまりの連なりをはめこむ仕掛けとアウフタクトが組み合わさって、歌い出しが予定調和を持って迎えられることを痛快に覆しているのです。

エンディングでもこのイントロフレーズが再現されます。ぷっ、ぷっ、ぷっ……と、レグルスが刻々と輝き出す夕刻までのカウントダウンのように断続的な信号のような音が交叉するのもエンディングに込められた思考の星くず。
視点が変わっても星は(星を)見ている
“海岸通りを行き交う人々 風を潜って家路を急ぐよ”(くるり『Regulus』より、作詞:岸田繁)
ずっとオクターブユニゾンで来た男女混声ボーカルの描線ですが、ここでふわっとまとっていた悩みの靄がとけたみたいに岸田さんの男声のみになります。
上記の歌詞に到達するまでは、観念的なセンテンスあるいは天体などの距離の遠い広漠とした情景を描いてきました。ここまでは映像のピントをぼかした・あるいは遠く宇宙や幅のある時空を望んだものであったのに対して、ここで歌詞の面でもサウンドの面でも具体物の輪郭がくっきりしてくるのです。楽曲の大半を、疾走感や響きに満たされた時間が割合的に占めているので上記のフレーズに来たときにグッと聴き手の近くにカメラが来たように感じ、視聴覚的な起伏が生じます。直後の“風を潜って”……の部分ではすでに畳野さんの女声が復帰しています。それぞれの家に帰っていく老若男女、その十人十色のくらしを目下にカメラはまた観念の天体へと浮上していきます。
“海岸通りを”……の歌詞のところで折り重なる「レーラー」というギターのモチーフはくるりの『Superstar』(2005年8月24日)を司るメインモチーフと共通しています。そう、スーパースター……「星」の隠しコード(わかる人にだけわかる合図……♪)で、時間的に隔たりのあるライフステージが手をつないでいるわけです。
例えばくるりの一作前のアルバム『感覚は道標』収録曲『朝顔』でくるりは代表曲の一つ『ばらの花』のコスプレを解禁したかもしれません。また岸田さんが登壇する音声コンテンツなどで「人生で一曲理論」なるものに言及していたこともあったと私は記憶しています。
「人生で一曲理論」
作曲家は人生を通して様々な曲を生み出して発表していくかもしれないけれど、その生涯に渡る作品のすべてをひとくくりにして1曲と解釈することができるよ……と私は理解しています。例えばあるときに使用したことのあるモチーフ:一定範囲の音のアイデンティティを、時間を経て別の作品に登場させることを肯定する理論でもあると私は思います。音楽を生み出すキャリアが増すほどに、キャリアの物量そのものが武器すなわち攻めの一手に・資源(元手)になるのです。
同時に、言いたいことは沢山なくていいんだよ、たった一つのことを、目の付け所を変えて、切り口を変えて、手法を変えて、言い方を変えて、繰り返し丁寧に、時に冗談や喩え話を交えて、ひとりでも多くの人にわかってもらえるように粘り強く伝えていけば良いんだよ……という博愛と慈しみに満ちた人生方針に思えてグッと来る理論です。のんびりしたり緊迫したり、スピードも情緒も様々で行こうぜ!
12の“変奏”の解釈に想いをはせる
くるりは2025年9月〜12月、4か月連続でシングルを発表しました。『ワンダリング』(9月)、『Regulus』(10月)、『瀬戸の内』(10月)、『oh my baby』(12月)。これらはすべて、2026年2月11日リリースのアルバム『儚くも美しき12の変奏』収録曲です。
アルバムに先駆けて発表されたシングル曲たちにふれての最初の私の解釈は、「放浪(さすらい)」「旅」「思い出、記憶」「星」などをヒントにした、時間の経過にともなう変化やストーリー性など観念的ななんらかの主題があって、それを12のアプローチで「変奏」するという制作意図を有する作品だ、というものです。
しかしこれら4つのシングル曲の歌い出しのメロディの音形を思う浮かべてみると、どうも、具体的なリズム形なり音形なりを実際に「変奏」するという、純然たる作曲技法に則った「変奏」の意味も込められているのではないかとふと思い至り、がぜんアルバム『儚くも美しき12の変奏』収録曲たちが誘う銀河模様に魅力されています。




上記採譜例の列挙に、何かしら共通する固有の定型リズムの変形≒変奏が見出せる気がするのは私だけでしょうか。

【付録】くるりと畳野さんのコラボ先例『コトコトことでん』を改めて聴く
くるりの畳野さんフィーチャーの先例、『コトコトことでん』。
プログラミングを主体にしたサウンドが都会的。耳との距離が近くて明瞭でプレーンで耳触りのまろやかな音色が左右に開き、華やかで装飾的な語彙を咲かせます。都会的なサウンドの質感とは好対照に、このような伴奏形に私はバロック音楽を想起します。チェンバロ(ハープシコード)などの鍵盤楽器でこうしたフレーズを演奏しても非常に耳映えするのでは。「ことでん」が空に浮かんで、銀河鉄道みたいに時空の旅に出てしまいそうな雄弁に歌うベースが魅力的。
楽曲の中間部では「琴電」で採取したであろう、駅ホームを想起させる環境音のサンプリングを用いて主題「ことでん」をめいっぱいに表現します。平行して流れるメロディーのリードもまた古典音楽的です。聴く人を選ばないプレーンな音色がさながら「駅メロ」のシズル感。
エンディングでググっとテンポを抑えて、岸田さんのソロリードボーカルパートへ進入。音像の残響がリッチでふくよかになったように感じます。ことでんの環境音のサンプル音も再びフィットしています。
注目するのはこのエンディング一帯のハープの音色の絢爛なフレーズ。私はラヴェルやガーシュウィンあたりの、ここ100年〜150年くらいのクラシックと大衆の接合した音楽の洗練を感じるのです。
”じいちゃん ばあちゃんに なったら 終点まで乗って 旅をしよう 八十八ヶ所 巡ろうよ いつものように ことでんで”(くるり『コトコトことでん』より、作詞:岸田繁)
歌詞の面でも、エンディングでは齢(よわい)を蓄えた、近いような遠いような未来のビジョンを描いています。エンディングに至る以前では古典音楽っぽい語彙をにおわせて、その未来を描くエンディングパートで音楽の語彙の質感も近現代へと進捗する様子が表現されている……との解釈がバチっと私の胸にハマります。
青沼詩郎
くるり 公式サイトへのリンク > ニュース > くるり、シングル4ヶ月連続リリース第2弾「Regulus」10月10日リリース! 純情息子会員限定で最速先行試聴スタート!「京都音楽博覧会2025」くるりのバンドメンバーが決定!
くるり Official Xアカウントが歌詞カードの画像をポストしています。
『Regulus』を収録したくるりのアルバム『儚くも美しき12の変奏』(2026年2月11日)
『朝顔』を収録したくるりのアルバム『感覚は道標』(2023)
『コトコトことでん』を収録したくるりのアルバム『天才の愛』(2021)
『Superstar』を収録したくるりのアルバム『NIKKI』(2005)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】獅子の心臓のように『Regulus(くるりの曲)』ピアノ弾き語り』)