色欲の魔女
数多の男を魔術にかけふりまわしおとしめる⁇ かどうかはさておき、男遊びするワルいおんなの色刃に遭った男どものうちの1人が客観のもとに魔女を描きストーリーテリングしたような曲想です。そんなところが主観に溺れすぎていなくて、ギラつく色気ある曲想なのですがあくまで歌謡曲として、大衆が自分をフィッティングして楽しめるようなデザインの丸みがあります。たとえばボーカルメロディの8分音符をつらねたシンプルな音形もそうした要素の具体的な一因だと思います。そうした音楽上の意匠の洗練(洗練……というのか、尖った先鋭を削ぎおとす研磨とでもいうのか)が手伝って、曲想の「魔女にふりまわされた男のなかのひとひら」ふうの視点が私のこの曲へのフィッティングをも許してくれる感じがするのです。
「震えて眠れ」という主題のフレーズがすごいですよね。まるで、いまに命を取りに行くから待ってろよという、殺人鬼が凶刃の対象に吐くようなフレーズを恋愛(……あるいは恋愛というほどにエネルギーを割く精神活動でなく、単に色欲のレジャーに着せる表面上のガワとしての恋愛)の描写に用いているわけです。
“部屋のあかりは ろうそく一本”(楽曲より聴き取り)
など“お前”の映り込む場面の具体的な背景描写の極端に魔術的な様子が私のツッコミを誘います。大衆に向けられた娯楽ボーカル音楽は、その方向性はさまざまでよいと思いますがこういった何かしらのツッコミの隙(ひとこと何か言ってやりたくなる一種の極端さ)があることもひとつの資格なのかもしれません。
本曲を収録したアルバム『天然の美』ではボーナストラックで同年内リリースのシングル曲『ああ、レディハリケーン』も聴けます。アルバム収録曲のうち4曲でYMOが編曲を担当しているのも留意したい特長です(『震えて眠れ』は近田春夫さんの編曲)。
蛇足ですが、『震えて眠れ』のイントロのエレキギターがちょっとイエスの『Owner Of A Lonely Heart』っぽい。時系列は『震えて眠れ』(アルバム『天然の美』収録)1979年のちイエスの楽曲『Owner Of A Lonely Heart』(アルバム『90125』収録)1983年。たぶん他人の空似でしょう、とは思います。
震えて眠れ 近田春夫 曲の名義、発表の概要
作詞:さがらよしあき、作曲:宇崎竜童。近田春夫のアルバム『天然の美』(1979)に収録。
近田春夫 震えて眠れ(アルバム『天然の美』収録)を聴く
“くせが悪いよ”と歌うところで、ボーカルのビブラートがすごいんです。ビブラートというか、もうトレモロというのか、ぐらんぐらんと音程が全音の振幅くらいで揺れているんじゃないかというほどで、“お前”のくせの悪さを表現していて最高。
右にちょっとシングルコイルっぽいスッキリした音色のエレキギターがいて、左にハムバッカー系のグマ!っとした感じの質感のエレキがいて、左右のエレキのベーシックからわなわなと“お前”の毒牙にやられた男たちのバイブレーションが想起されます。
ドラムがタイトで、4つ打ちを貴重に「ダ・ダ・ダダダ!」みたいに押し出しを強めるパターンがまじります。そしてベースが1小節につき4回くらい八艘飛びしているんじゃないかというくらいに闊達に動きまわります。ごむごむとしたプレーンな音色で動きまわるからなんだか愛嬌があるんですよ。
じわっとにじむエレピがところどころに感じられて、ストリングスも局所にしぼって「タララ!タララ!」みたいなキビキビしたオブリをいれます。バックグラウンドボーカルも要所でサウンドに勢いをそえます。
ブリッジのところでリードボーカルはダブルになり表情を変えますが、ヴァースのところではシングルトラックになっており、カラオケ屋みたいなエコー(短くて繰り返しの多いこだま効果)が感じられます。ただでさえ酒に酔ったアタマを“お前”にシェイクされたような気分だね。最高。
編曲に目を見張りました。そして“お前”に悪酔いしたみたいな、恍惚としたリードボーカルも最高。震えて眠るどころか飛び起きて踊っちまうよ。
青沼詩郎
『震えて眠れ』を収録した近田春夫のアルバム『天然の美』(1979)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『震えて眠れ(近田春夫の曲)色欲の魔女 ギター弾き語りとハーモニカ【寸評つき】』)