恋愛期は動乱の世
平成時代に青年期を過ごした世代の私としては『マツケンサンバⅡ』(1994年に楽曲が作られ、以来舞台やショーで歌われ2004年にCDが一般発売、ブームの大きさもこの頃が最たるピークでしょうか)の作曲者としての印象が強い宮川彬良さんですが、そんな彬良さんのお父上がザ・ピーナッツ『明日になれば』の作曲・編曲者の宮川泰さんです。宮川泰さんの作曲では私としては沢田研二さんの『君をのせて』の劇的な印象が強くお気に入りです(余談ですが、ザ・ピーナッツのエミさんは沢田研二さんと1975〜1987年に婚姻歴があるようです)。
本曲『明日になれば』はパキポキとシロフォンの音が火花が飛び散るような破竹の猛烈な愛情を演出、ザ・ピーナッツのお二人の歌唱も朗々としています。会えない時間を、より愛が強まるリソースとして肯定的に捉え明日を望みます。幸せな恋愛関係にある主人公の気持ちをうたったストレートな読み筋はもちろんあると思いますが、現実は果たしてどうか穿ってみてしまうのが私の性分です。
恋愛関係は、服を着替えるようにさらっと、特に責任やリスクを負うことなく結んだり解消したりできてしまうもので、社会的な制度面での届出だとかそれに起因・因果する範囲で周囲への周知がどうしてもある程度必要になる「婚姻(結婚)」と比べれば非常に不安定で刹那なものです。
故に……恋愛関係にある二人が会っていないときに、それぞれ何を思って誰とどんなふうに過ごしているかは、ある程度の分量で不明瞭が紛れ込みます。二人の共有の記憶の空白に、お互いの気持ちがどう揺れ動いているのか? に想像を及ばせて、勝手に不安になってしまうこともあるでしょう。
会っていない間に、もっとすばらしい恋愛関係を結べる相手がほかにいるかもしれないとの可能性の希求から、別の相手と逢引きしていないとも言い切れません。
別の相手との逢引きを経て、(何食わぬ顔で)ふたたび元の二人が顔を合わせたとき、「(やっぱり自分にはこの人だな)」と実感できれば幸い。空白の時間に、別の誰かに会っていたことは墓場まで持っていってしまえばよいでしょう。空白(その相手と会っていない時間)には、盲目的、猪突猛進(妄信)的になりやすいのが運命である恋愛に対して、いくばくかの客観的判断のための俯瞰を与える効果があります。
“たった2日 逢わないだけで こんなふうになるなんて さみしくないのよ 信じているから 明日になれば あの人に逢える”(ザ・ピーナッツ『明日になれば』より、作詞:安井かずみ)
と歌うところで、元調のEmに対して、平行調のGメージャーに浮気しているみたいに思えます。響きは長調で明るくなっているのですが……離れている間に“明るく”なっているとは皮肉ではありませんか。にも関わらず“信じているから”とは、めでたい(皮肉です)ものです。……と、冷徹な解釈を投げかけつつも、その後にやってくるラインに注目しましょう。
“たまに2日 離れるだけで 愛は強くなるもんね ひとりじゃないもの あの人と同じ 明日になれば あの人に逢える”(ザ・ピーナッツ『明日になれば』より、作詞:安井かずみ)
上記のラインは複数の解釈のレイヤーを生じさせます。私(A)にはあなた(B)がいて、あなた(B)には私(A)がいるから、離れていてもひとりじゃない……とする、「頭の中がお花畑解釈」(←皮肉です)がまず成り立つでしょう。
続いて、私(A)にはあなた(B)とは別に二股の相手(C)がいて、あなた(B)にも私(A)とは別に二股の相手(D)がいるので、私(A)とあなた(B)が離れていようとも私(A)にはCさんがおり、あなた(B)にはDさんがいるのでそれぞれ“ひとりじゃない”とする「恋愛戦国時代解釈」も成り立つのです。こっちの方が面白いな(←ヒトゴト)。
恋愛期とはさながら動乱の世なのです。
明日になれば ザ・ピーナッツ 曲の名義、発表の概要
作詞:安井かずみ、作曲:宮川泰。ザ・ピーナッツのシングル『乙女の涙』(1965)B面に収録。
ザ・ピーナッツ 明日になれば(配信『決定版! ザ・ピーナッツ ベストコレクション』収録)を聴く
おおむね、主にハーモニーを担当するのが姉のエミさんとのこと。ふたりのボーカルに定位がつけられていて、右側に主旋律で高音パート、左側にハーモミーの旋律で低音パートがいます。「いつもの上下の割り振り」にイレギュラーがなければ、左定位がエミさんで右定位がユミさん(妹)なのでしょう。ハーモニーに分かれる分量的な割合は少なく、ユニゾンでおなじ旋律を歌っている時間のほうが長いです。
二人の声質はそっくりですが、あくまで同一人物がトラックを分けてオーバーダビングしたクオリティとは当然一線を画しますし、たとえばビートルズのようにそれぞれ違う声の個性を持っているが結果的に調和している……というのとも違う、双子姉妹ならではのこの歌唱の総合的な質感は真似が遠く及びません。ヴァースに帰ってくるときのボーカルのダイナミクスのひそやかさが私の注意を引きます。メリハリがあって堂々たる歌唱です。
男声のバックグラウンドボーカルが入っています。女性のこころを全面に、恋愛相手の顔が焦点がぼかされて背景に描かれるようです。シロフォンの音色がカチカチと感高くヒステリックな恋愛の極端なピーク、衝突する瞬間の昂りを象徴します。ウン・チャッ!というエレキギターの音、ブンブンと鼓動するベース、ダス!と残響轟くスネア、いずれもアナログのブーミーな質感に富みます。弦楽器のアルコや男声のコーラスはメロトロンで演奏したみたいに思える「匂い」があります。
ピッコロがピッピとキレの鋭いサウンドでオブリガード。シロフォンと高音域でグルーピーになってアブナイ夜を演出。会っていない間にナニしているんだい?
青沼詩郎
『明日になれば』を収録した『ザ・ピーナッツ オリジナル・ソングス』(2016)。こちらのタイトルには本記事で紹介しているバージョンのものが収録されていますが、『明日になれば』には吐息まで甘々な歌唱が印象的なスロウミッドな南米音楽みたいなアレンジのものなど、バージョンがいくつかあります。探して聴き比べてみてください。