まえがき
流れるように言葉が展開していきます。言葉の意味が観せる情景、シーンはもちろんそれはそれであるのですが、そのむこうにそびえる言語以上に膨大な情報を知覚させる媒介でしかない、そんな深みがポップなサウンドやスムースでシルキーな歌唱づてに伝わってきます。ボーカルメロディ自体が持つ、垂直方向や水平方向(音程やリズム)の揺らぎが心地よいです。
小沢健二さん本人のリードボーカルとは別に、真城めぐみさんのボーカルもハーモニーしたり間奏のリフレインを先導したりと、その声色の力強さと質感を発揮して楽曲のサウンドを豊かなものにします。間奏での小沢さんの、五線のはしごから解き放たれたトーキングの部分もまた、気ままに都市の風景を総撫でして夜を越えて行くような身軽さを発揮し、楽曲のかろやかな印象づくりに与しています。
『愛し愛されて生きるのさ』を鑑賞する傍ら参照したApple Musicのビデオ 『小沢健二 & 満島ひかり Tokyo, Music & Us 2017 – 2018』
愛し愛されて生きるのさ 小沢健二 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:小沢健二。小沢健二のアルバム『LIFE』(1994)に収録。
小沢健二 愛し愛されて生きるのさ(アルバム『LIFE』収録)を聴く
ボーカルの物量が私を圧倒します。情報量が多い? それはそうです。イントロに4小節あったり、間奏のトーキングに入る前に8小節ほどアコギのストローク中心の「間」があったりするくらいで、それ以外はずっとボーカルのストローク:発音がこの楽曲のキャンバス上すべてを敷き詰めるのです。
ボーカルの言葉、発音がリズム、グルーヴをふんだんに含んでいるのはもちろんです。かつ、各楽器のグルーヴの解像度が精細です。ベースのタイトな緩急、ドライな音像。ドラムも引き締まっており、どんなゴーストノートをしているのだろうと思わせるのはアコースティックギターのストロークのパーカッシヴなリズムと癒着して感じるせいでしょうか。キックの音色になんだか2種類ないか?強拍、小節の頭でなるキックはグラン・カッサのように轟く低音を持っていますが小節の途中で鳴るキックはタイトでコンパクトな音像をしています。
右のほうではワウだかフェイザーみたいな効果のかかったエレキギターがみゃう〜んと歌ったり、アコギと協調してリズムを刻んだり。左にはエレクトリックピアノが羽をあしらったブーツでも履いてんのかといった具合の身軽さで踊るよう。
各パートの音像はフォルムが明確でドライな印象です。これに、奥のほうからなんだか情感豊かなサウンドが立ち昇る湯気のようになめらかにただよってくる……オーボエのサウンドです。バンドのベーシックリズムの音が非常に明瞭で近くに感じるぶん、このオーボエのサウンドの前後感、うるおい感がステレオトラックに神秘期的な奥行きを与えています。ときおり、わたしの右脳と左脳と視界のすべてを覆ってしまうかのようにハープのグリッサンドが入るのが絢爛。
演奏、言葉の解像度、情報量があまりに多い。しかし、あくまで精細であり、過多なのではないのです。流れる景色のなかのすべてを私たちは知覚しているのでなく、自然に選びとって、知覚に対して思考を生じさせています。小沢健二さんの音楽、今回に関していえばこの『愛し愛されて生きるのさ』はまるで私に、東京の湾岸エリアでモノレールに乗りながら外を眺めているみたいな気分にさせます。景色のすべてが私に見えているのではありませんが、私はいつでも好きな方の好きな対象物に視線をやり、局所を知覚し、観察し、情報を得て、世界を解釈する思考を己のなかに生じさせたり、あるいは反対に視野をぼんやりとひろげてどこを見るともなくぼーっとする自由をも同時に与えてくれる。
『愛し愛されて生きるのさ』のステレオトラックには、まるで映画の中か、あるいは3次元のテーマパークに己が没入しているくらいの「世界」そのものが込められて感じるのです。あるいは、これを収録したアルバム『LIFE』の特長かもしれませんし、小沢健二さんに通底する作風・魅力かもしれません。
私なりに、日々数多の音楽作品や楽曲に親しみ、積極的にふれている自負がささやかながらありますが、これほどの世界の解像度に富んだ録音作品に出逢うことはまれです。
この楽曲『愛し愛されて生きるのさ』を鑑賞する傍ら、小沢健二さんの深淵な魅力に興味が湧き、たまたまたどりついたビデオが『小沢健二 & 満島ひかり Tokyo, Music & Us 2017 – 2018 (Apple Music)』でした。そのビデオの中で、小沢さんは、このアルバム(LIFE、あるいはその収録楽曲)について、低音の情報量をママイキにしたような趣旨を語っているところがあります。
果たして本当に『愛し愛されて生きるのさ』あるいはこれら『LIFE』収録曲たちの魔性あるいは神秘かよと思うほどの描写の解像度、精細さの秘訣は低音のありのままの情報量の豊かさにあるのでしょうか。科学的な正解は私には分かりかねますが、私の手持ちのもので最も音楽のありのままの解像度をもたらす機種のヘッドフォンを用いて聴いただけでも、確かに驚愕するくらいの低音の膨らみがあるのが分かるのです。
青沼詩郎
参考Wikipedia>愛し愛されて生きるのさ/東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー、LIFE (小沢健二のアルバム)
Ozawa Kenji 小沢健二 ひふみよ Official Site
『愛し愛されて生きるのさ』を収録した小沢健二のアルバム『LIFE』(1994)