もしものイマジネーション

劇的なイントロが印象的な小坂明子さんの『あなた』、編曲は宮川泰さんで『マツケンサンバⅡ』を作曲したことで知られる宮川彬良さんのお父上です。宇宙戦艦ヤマトシリーズの作曲を担当されたのも宮川泰さん。

編曲のほうに話がひっぱられてしまいました。『あなた』は小坂明子さんのデビュー曲。ヤマハのポプコンでも弾き語りで披露されたといいます。純白で真っ直ぐな印象の歌声がみずみずしい。

ビートの劇的な変化がこの楽曲の二面性を象徴します。メロはゆったりとしていますが、サビで足取りのかろやかなダンスのようにトリプレットのグルーヴがあらわになり、朗々と、「あなた」と私が一緒にいられた場合の「if:もしも」が雄弁に語られます。あなたと私が共にいる理想とは異なるであろう現実との対比が、音楽の意匠上でも表現されているように思えます。この楽曲の秀でた特長でしょう。

編曲が豪勢にドラマティックに「もしも」のイマジネーションを演出し、その中心的役割には絢爛なピアノがいます。主人公の胸のうちの、ありのままの思いを表現する最良の伴侶がピアノなのでしょう。主人公と「あなた」も、このピアノとの関係のようにいられたら良かったのでしょうか。あるいは距離があるからこそ永遠の憧れの対象になるともいえます。

あなた 小坂明子 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:小坂明子。小坂明子のシングル、アルバム『あなた/小坂明子の世界』(1974)に収録。

小坂明子 あなた(アルバム『あなた 小坂明子の世界』収録)を聴く

まず歌声。ノンビブラートのまっすぐで潔白な響きから、なめらかなカーブを思わせる振幅でつややかにひらひらとビブラートががかります。奇跡かよと思う見事な歌声です。

ピアノ、アルペジオがよく動きます。そして楽曲の後半にむけて、編曲の意匠とあいまってどんどんドラマティックに。ぴしゃんぴしゃんと筆からほとばしる絵の具のようにキャンバスに飛び散るみたいなピアノの音色、プレイが見事。

弦楽器がなんと朗々と高らかなことか。心の底から楽器が鳴っています。弓の弦のこすれる質感。心が震えるみたいなオルタネイトのボーイングのトレモロ。

左寄りのほうからフルートやピッコロがオクターブになっているみたいな音色が過ぎっているようでしょうか。トランペットのハイトーンは激情の愛です。

ドラムの音色はドライで余韻が短く、エレキベースの淡白な音の置き方がオケや歌の抒情を引き立てます。メロは16分割のグルーヴを匂わせますが、埋めすぎていないのが巧い。あくまで16のウラウラなどのちょっとした刻み込みで16のフィールを出します。そしてサビ前でタッタタタ、タッタッタ……と躍動するようにパっとトリプレットのグルーヴに切り替わり、あなたとのifが高らかに語られるサビへ突入。

ティンパニがドゥルラララ……と壮大にボトムを広げます。

調性はD♭はじまりで、エンディング目前にサビの反復で半音転調、Dメージャーに上がり、あなたとの理想の世界線を現実のものたらしめるかのように清らかで開放感のある高揚へと私を導きます。

編曲、作詞作曲、演奏すべてが機能しあって私の筆舌を凌駕します。聴き終わった直後、あまりの感嘆に「何も言えねぇ……」状態になるのです。たまにあるんですよね、こういう奇跡のクオリティに巡り合うことが。久保田早紀さんの『異邦人』など思い出します。

音源としての価値やその内訳たる質感の根底に流れるのはもちろん作家の精神、思想信条でしょう。“あなた:U(YOU)”という主題の普遍性、局所性が時代を超えて拡散するのです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>あなた (小坂明子の曲)小坂明子宮川泰

参考歌詞サイト 歌ネット>あなた

小坂明子公式サイトMUCALへのリンク

『あなた』を収録した小坂明子のアルバム『あなた/小坂明子の世界』(1974)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『【寸評つき】もしものイマジネーション『あなた(小坂明子の曲)』ギター弾き語り』)